決闘
闇夜を一頭の駿馬が駆ける。
既に人馬共に息が上がり、道なき道を行く馬の歩様はふらつき始めていた。
「ありがとう、ここまで大丈夫だ。無理させちゃったねえ」
エランは視線の先に一軒の古めかしい洋館を捉えると手綱を緩め下馬し、必要な荷物だけを下ろすと、ここまで休みなしに走った愛馬の頭を撫で労をねぎらう。
「ここから先は俺一人の問題だ、巻き込むのは気が引けるじゃない。もうお前は自由だ。野を駆け草原に生きるのも、家に戻って親父殿の下で働くのも。さぁ行くんだ、奴らに気づかれる前に」
尻を掌で叩かれた馬は、何を言われているのか理解できないのか何度か心配そうにエランに頬擦りをしたが、やがて別れが来たことを悟ったのか名残惜しそうに何度も振り返りながら、いななきを一つ残して走り去った。
エランは愛馬の後ろ姿が森に消えていくまで見送ると、洋館をぐるりと一周しながら何かを確かめるように時折しゃがみ込み、やがて正面に戻り息を整えた。
「優しいのね。これまで多くの貴族に会ってきたけど、大抵は人を人とも思わない、いけすかない奴等だったから貴方みたいなタイプは新鮮。優しい漢は好きよ、優しいだけじゃ物足らないけど。あぁ、ごめんなさい、いきなり話しかけちゃって。礼を失しているわね。挨拶しても良いかしら」
エランは己の目を疑った。
前方にはいつの間にか長身の男が佇んでおり、ねめつけるような視線を送っている。
エランは動揺を悟られないよう小さく深呼吸をすると、意を決して話しかける。
「深夜に押しかけたんだ、こちらから名乗らせてくれ。俺はエラン、ジェベル王国の貴族ラージバル伯爵家の者だ。あんた達はかの有名な六大魔公、審美公『双頭のトート』かい?」
エランは返答を聞くまでもない問いを投げかける。
目の前の長身の男の首からは二つの頭が生え、それぞれが己の意志で瞳を動かす。
「御名答。アタシは兄のトートよ」
「僕は弟のレーベだ。よろしくね」
一つの肉体で繋がった二つの頭部が澱みなく答える。
エランはその異様な光景に自然と浅く速くなっていく呼吸を整えると、無理やり笑顔を作る。
「少し尋ねたい事があるんだが、テオという子どもを知らないか。馬車で移動している途中で行方がわからなくなってね、迷子ってやつさ。心当たりがあると嬉しいんだけどねえ」
「ふふっ、随分余裕があるわね。虚勢にしてはなかなか落ち着いてるじゃない。心拍音にも揺らぎがないわ、素敵よ」
トートはエランの心を見透かすかのように真っ黒な瞳を怪しく輝かせる。
「兄さん、感心しているばかりで肝心の質問に答えていないよ。すまないね。君の探している子を僕達は知っていると思う。道に迷っていた子どもをこの洋館で保護しているんだ。あぁ、心配しないでいいよ、彼はとても元気だ、怪我もない。名前を聞いても教えてくれないのが寂しかったけど、テオって言うんだね」
「俺に似てシャイなんだ、許してやってくれ。あんた達がこういった物に興味があるかは知らないが、テオを保護してくれた手土産を持ってきたんだ。そろそろ夜も遅い。帰りが遅いとお堅いことで有名な我が親父殿にドヤされるものでね、一緒に帰らせてくれると有難いんだが」
「ごめんなさい、テオは選ばれたの。そして貴方も。とても残念だけれど、アタシ達が求める『真実の美』のために一肌脱いでくれないかしら」
「簡単な手伝いなら喜んで。ただ、その前にこちらから一つ提案があるんだ」
「へぇ、予想外の展開、レーベどうする?」
「僕は構わないよ、彼が目の前に迫る死を前にして、どんな言葉を紡ぐのか知りたいからね」
レーベは友好的な態度を崩すことなく、サラリと『死』という言葉を口にした。
「助かるよ。………六大魔公『双頭トート』、ジェベル王国の貴族として決闘を申し込む。受けてくれるかい」
トートでありレーベでもある肉体の足下に真っ白な手袋が投げ捨てられる。
月明かりを受け仄かに光を発するそれは、エランの命の輝きを想起させた。
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