スペアと奴隷
「今は冷静さを失ってる。順を追って上手く伝えられるか分からないが、話せることは全て話す。まず問題の根っこから話すべきだな。情けない話だが、俺はラージバル伯爵家の嫡男じゃないのよ。いや、これも随分言い訳じみた言い方だねぇ。俺は四男、当主になる兄貴のスペアのスペアのスペアに過ぎない男さ」
エランは自嘲気味な笑みを浮かべる。
「その辺りは察しがついてたわ、伯爵家の嫡男が従者一人だけを連れて冒険者ごっこなんて許されるわけがないものね」
自らの行いを冒険者ごっこと断言されたエランは僅かに瞳に怒気をはらませたが、やがて同意を示すように頬を綻ばせた。
「バレバレだったってわけか。………他国の事情は知らないが、ジェベル王国じゃ領地の大半は当主が有する爵位と共に嫡男が受け継ぐのが通例だ。ラージバル伯爵家には俺のうえに兄が三人、姉が一人。男だけではなく女にも継承権はあるってことを考慮すると、俺が家を継ぐ可能性は皆無さ」
「でも有力貴族はシャルロッテみたいに幾つもの爵位を持っているんですよね」
「あぁ、伯爵家ともなれば、それに付随して子爵位や男爵位を幾つか持ってのが普通さ。ラージバル伯爵家にだってその気になれば分家を立てられる程度の爵位は持ってる。ただ爵位には領土がセットになってるからね。子どもが五人いたからといって、その度に五等分していたら数代も経てば寝る場所すら困る程度の土地しか残らないじゃない。まっ、2番目の兄貴辺りは箔付けのため男爵位を分封されるかもしれないが、俺みたいな末子は部屋住みの無駄飯喰らい扱いさ」
貴族において領有する土地は力そのものだ。
有する土地が多ければ多いほど、より多くの財貨を生み出すことができ、より多くの騎士を養うことができる。それに伴い政権内での発言力も増し、地方の盟主となることもあり得るだろう。
それ故に現実世界であっても、力の源泉である土地は家父長権と共に全てを嫡男に譲ることが多く、当主のスペアでしかない弟妹は使用人同然の扱いを受けることも珍しくない。
このような事情があったからこそ、家を継ぐ可能性がないエランは武名を高めることで自らの未来を切り開こうとしたのだろう。
「貴方の立場は分かったわ。つまり父である当主にどれだけ助力を願い出ようとも、貴方本人のためならともかく、従者のために危険を犯すような真似はしないってわけね」
「悔しいがその通りだ。何度も親父殿に頭を下げたが、返ってきた言葉は『諦めろ』の一言さ。挙げ句の果てには、このタイミングで男爵家や商人への養子の話まで持ち出す始末………いや、このタイミングだからかもしれないねぇ。元から冒険者まがいの俺の行動に眉を顰めていた上に、貴族狩りを刺激して報復を受ければラージバル伯爵家に多大な被害を出す可能性もある。騎士を多く死なせれば最悪領土の運営に影響が出かねない。親父殿の態度は当主として正しい、それは分かってるさ。だが、そんな理屈で諦められるわけないじゃない」
エランは拳を固く握りしめる。
そこには自らの非力さへの憤りが込められていた。
「分かります、もし仲間が窮地に陥ったら、ボクも全てを捨ててでも助けに行きます。例えそれが間違っているとしても、そんな後悔を抱えてまで得た正解になんの意味もありませんから」
ミナトが自身に言い聞かせるように呟くと、リオが何かを言おうと口を開き、けれども言葉にはならず再び口をつぐんだ。
「実家に頼れない理由は分かったわ。でも貴方がそういう立場なら、なおさらテオって子はなんで貴族狩りに狙われるような馬車に乗っていたの?貴方だって怪しいものなのに、従者一人で乗れるなんておかしいでしょ」
「………テオは奴隷として売られていたんだ。ラージバル家の領内で違法に商売をしていた奴隷商の元でね」
奴隷。
エランの口から零れたその言葉に、ミナトは強く唇を噛んだ。
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