双頭のトート
闇夜を馬車が駆けていく。
時折途切れる轍により車輪が跳ね、その度に銀糸に縛られた男の体は小刻みに揺れる。
「ゆっくりと膝を曲げて、うつ伏せになるんだ。それ以外の動きをしたら殺す」
「どうしようかしら、相手の要求に乗っかるのは嫌いじゃないんだけど、こう見えて立場ってものもあるのよね。あんまり恥ずかしい姿を見せられないじゃない?特に弟には」
男の言葉に術者は急ぎ周囲の状況を確認する。
馬車の中には当然自分以外の人間はいない。この男を捕えるために何重もの結界を張り、転移魔法も阻害しているのだ。
では、先ほど男は誰に呼びかけていたのか。
何者かがこの暗闇に紛れ馬車と同じ速度で並走し、こちらの隙を窺っているのか。それとも単なるブラフなのか。
出口のない疑問が脳内を巡り、呼吸が浅くなっていく。
「埒があかないわね。いいわ、アタシから動いてあげる」
男は幾重にも巻き付いた拘束を意に介することなく、寝起きに身体を伸ばすような自然さで足を前へと踏み出す。
「動くな!!」
金切り声が空気を振動させ、術者が印を結ぶ。
刹那、男を覆っていた無数の銀糸が生きているかのように首筋に群がり、即席の断頭台となり肉を断ち、骨を砕く。
グシャリという不気味な音色と共に男の瞳から生気が失われ、次の瞬間、肉体との繋がりを断ち切られた頭部がゴロリと車内へと転がり落ちる。
「そんな………まさか死んだ?こんなに呆気ないなんて………」
術者の思考を支配したのは人を殺めた恐怖ではなく、目の前の現実に対する困惑であった。
「ちょっと酷いじゃない、レーベ」
「えっ?」
車内に転がっている頭部の瞳がギョロリと動き、肺と繋がっていない口が当然のように言葉を紡ぐ。
「仮にも六大魔公の一柱が、子ども相手にやられたなんて噂を立てられたら、あの性悪連中にどんな憎まれ口を叩かれるか分かったものじゃないわ。それに、ほらっ、この子も驚いちゃってるじゃない」
肉体を失った頭が、親しげに自らの肉体に語りかける。
滑稽であり、いささか倒錯した光景に、術者は現実について行くことが出来ず、ただ茫然とそのやり取りを見つめる。
「ゴメンよ、兄さん。だけれど演出は大事さ。真実の美が人の感情から生まれる以上、少々くだらなくとも心を揺るがす名演が必要だと思わないかい」
主人を失った肉体が答える。
口を持たない身体でどのように発声しているのか、この光景自体が幻術なのか、それとも自分の頭がおかしくなってしまったのか。
男を魔法で捕らえ自由を奪ったはずの術者は、まるで自分自身が唱えた呪文により拘束されたように固まる。
「至言ね。でも、とりあえずアタシを拾ってくれると嬉しいわ」
「分かったよ、兄さん。ただその前に勇気あるこの子に、本当の姿を見せないと失礼に当たるかな」
頭のない身体の切断面が盛り上がり血が零れ落ちる。
血液が粟立ち、皮膚の無い肉が蠢き、剥き出しの神経が糸蚯蚓のようにうねる。
やがて肉がひとつの形をなし、赤黒い表面が滑らかな肌へと変容していく。
「やあ、良い夜だね。僕はレーベ、真実の美を求める者。短い付き合いになるかもしれないけど、よろしく頼むよ」
新しく生まれた頭部は、車内に転がるソレと全く同じ作りの口で、優しく語りかける。
レーベと名乗るその男はもう一つの頭を拾い上げ、まだ真新しい血がこびりつく首元に押し当てた。
一つの肉体に、二つの頭。
震える足を懸命に抑え込む術者は、目の前の化け物が何者かを知っていた。
「六大魔公………審美公『双頭のトート』」
自らの真の名を呼ばれ、二つの顔は同時に破顔した。
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