眠れる湖の王女
パシャリ
一人の少女が澄み切った湖面に長く細い足で波紋を起こす。
波紋がさざ波に掻き消されると、意地になったのか数回同じように足をバタつかせ、やがて自分の行動が徒労に過ぎないと悟ると悔しさに頬を少し膨らませた。
「ミナト様………………なんとなく素敵な雰囲気かなと思って足を湖に浸してみたのですが、想像の10倍くらいすっげえ冷たいですわっ!!」
「言葉遣い素が出てるよっ!?………でも、1カ月くらい前に潜った時にもう厳しかったからね、無理しないほうがいいよ」
「潜ったんですの!?前から思っていたんですが、やはりミナト様は見た目によらずワイルドですのね。殿方って皆様そうですの?それとも元冒険者の血が騒ぐのでしょうか」
「両方かな。シャルロッテはあんまりそういう遊びをしなかったの?」
「はい、幼い頃より蝶よ花よと育てられておりましたので。なんと言いましても、ワタクシ王女でございますからっ!!」
シャルロッテは指先までピンと伸ばした手の甲を口の端に当て、お姫様然とした高笑いをする。
「ボクと同じだ。小さい時………昔は体が弱くてさ。ずっとベッドのうえにいたから、こうして自由に歩き回れるだけでも楽しいんだ」
「では、このような事も経験されたことはないのですねっ!!」
シャルロッテは両手で湖の水を掬いあげると、ミナトの顔めがけ思い切り跳ね上げる。
水滴がシャワーのように髪を濡らし、口の端から零れる吐息は白さを増す。
「自慢じゃないけど、この前リオとアルシェ相手に一戦交えたばかりだよ、っと!!」
ミナトは湖に飛び込み、腕一杯に抱えこんだ水を遠慮なくかける。
10倍返しという言葉がピタリと当てはまる反撃にシャルロッテは足を滑らせ、豪奢なドレスは一瞬に水を吸い錘となって自由を奪う。
「キャーーーーッ!!!つめっっったい………よりも身動きが取れない恐怖が勝ちますわ!!!!!」
「ごめんっ!!ボクに掴まっ………うわっ!!!!!!!」
差し伸べた腕をグイっと引っ張られ、ミナトは前のめりになりながら堪える。
「死なば諸共です、ミナト様も一緒にびしょ濡れになってくださいまし。だいたい、運命のフィアンセと逢瀬を重ねている時に、他の女性との思い出を語るなど言語道断ですの。しかも、二人っ。ハーレムを作るにしても、妻にはもう少し遠慮と配慮が必要ですのよ」
グラリ
一秒毎に増していくドレスの重さに耐えきれず、二人は同時に頭まで水面に飲み込まれていく。
「ンンンンッーーーー!!!」
「落ち着いてっ、冷静になれば腰までしか水ないから!!暴れないでね、抱き起すよっ!!」
鉛のように重い身体を引き起こすと、シャルロッテは身じろぎひとつせず、静かに瞳を閉じていた。
「………起きて。意識あるよね普通に」
「う~ん、むにゃむにゃ、眠れる森の王女ですわ。王様の口づけがない限り目覚めませんの………えっ?」
ミナトが腕の力を抜くと、唇を突き出しているシャルロッテが再び水中へと沈んでいく。
「ゴホッゴホッ、ミナト様!?流石に少し扱いが酷いですわ!!」
「ごめん、途中で抱き留めて驚かそうと思ったら手の感覚がなくて………ってシャルロッテ、唇が真紫だよ!?目の焦点も合ってないよね!!??」
「またまた大袈裟ですの、大丈夫ですわ。その証拠にこんなにも身体がポカポカしておりますもの。あははっ、フローネ、留守番をお願いしていたのにわざわざ迎えに来てくれたのですね。今そちらに行きますわ………」
「それ死神ィ!!寝ないで!!寝ると本当に危ない奴だからっ!!」
ミナトは青白い顔で虚空に向かって手を伸ばすシャルロッテを抱え、陸にあがりすぐさま火を起こす。
種火が少しずつ勢いを増していくなか、少女は穏やかな笑顔を浮かべながら、うわ言のように侍女の名を呼び続けていた。
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