水辺の盟約
「母は自害しました。遺書には妻の身でありながら目の前で苦しむ夫を救えなかったことに対する贖罪の意識、そしてワタクシと祖父へのごく短い遺言のみが書かれていました。誰もが真相を知りたがる暗殺についても、帝国との関係についても、治世に関わる内容については一言も触れられていませんでした。『シャルロッテ、いつまでもあなたのことを愛している』そう書かれた遺書を見たワタクシは、母が最後に何を思い自ら命を絶ったのか、知りたいと願うようになったのです」
シャルロッテは少し間を置くと、振り返り笑顔を見せた。
それが自らを奮い立たせるための虚勢であるのか、それとも母との遠い思い出に対する憧憬なのか、ミナトには分からなかった。
「母が死に、全ての罪は有耶無耶になりました。このような醜聞を対外的に公表出来るわけもありません。ましてや、帝国が関わっている可能性がある以上、母の罪を真っ向から問うことは難しかったのでしょう。母は遺言通り王族が眠る墓所に父と共に葬られ、内乱の旗頭となる者はいなくなりました。………いえ、それは嘘ですね。いるのです、ジェベル全土を、帝国を含む大陸全土を巻き込む内乱の象徴となりうる人物が、一人だけ」
答えを求めように見つめるシャルロッテに対し、ミナトはただ口を固く閉ざす。
「義父は内乱の芽が育つことのないよう、一計を案じました。先王の一人娘、ジェベル王国の正統なる後継者を自らの養子としたのです。義父の作戦は功を奏しました。南北を二つに分ける内乱は避けられないと、主だった貴族がどちらの味方をするか両陣営を値踏みするなか、将来王冠がワタクシの頭上に輝くのだという希望をチラつかせることで、お爺様………ルグレイス公を始めとした北部貴族の不満を一時的であっても落ち着かせることに成功したのです。しかし、ここで新たな問題が生まれました。ジェベルにおいて、次期国王は王の長子が継ぐこととなっています。それでは、現王であるジグムンド3世にとっての長子とは、養子であっても年長であるワタクシなのでしょうか。それとも実子である妹なのでしょうか」
「それは………」
「申し訳ありません、ミナト様を困らせるつもりはなかったのです。ワタクシか妹、どちらが国王となるかはじきに判明します。まもなくワタクシは16となり成人の儀を迎えます。そして、すぐに妹も………ジェベルの王太子のみに与えられる爵位、ファロス公爵位。ジェベル王家の家紋、二頭獅子に連なる金獅子の家紋を許されたファロス公を継いだ者こそ、ジェベルを統べる王となるのです。しかし、それは悲劇の始まりとなるかもしれません。ワタクシか妹、どちらが継ぐこととなったとしても、南北そして王権派と貴族派の対立は再燃するでしょう。もしも…………」
シャルロッテは何かを言いかけ、躊躇うように口を閉ざしたが、やがて手を固く握りしめ再び口を開いた。
「ミナト様はもしワタクシが………ワタクシを信じ、何も問わずに御力を貸して欲しいと願えば、助けて下さいますか?」
ミナトの知るシャルロッテには似つかわしくない、すがるように震える声が心を揺さぶる。
「もちろんだよ」
「………たとえ、それがシンギフ王国に災厄をもたらす事であってもですか?」
空恐ろしい仮定が王としてのミナトを動揺させる。
しかし、それでも一人の人間としての、友としてのミナトの答えは問われるまでもなく決まっていた。
「必ず助けに行くよ。シャルロッテを救うことが、ボク達の国を救うことになると思うから」
「………ありがとうございます。ですが、ミナト様。国王たる者、どれだけ親しかろうと他国の者に対し軽々に約束してはなりません。ましてやこのような大事、土産話でもするかのような気軽さで口にするなどもっての外です。ワタクシは未来の妻ですから問題ありませんが」
シャルロッテは冗談とも本気ともつかない言葉でミナトをからかうと、まばゆく輝く太陽を背に満面の笑みを浮かべた。
ミナトは少女が作った表情に対し僅かに覚えた違和感を振り払うように笑い声をあげた。
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