ハーメルン
一列、二列と屠った敵勢が、三列、四列と折り重なり、倒すことの出来なかったスケルトンやゾンビが列から離れ目の前の守備兵へと襲いかかる。
それは机に落とされた粘土が潰れ横に広がるような当然の流れであり、溢れた敵が守備兵の横陣を包むように側面にまで広がれば立て直すことは不可能となるだろう。
「騎兵隊、前へ!!対アンデッド陣形、進め!!」
「了解!!行くよ、皆!!」
後方から馬蹄が土を蹴る振動が大地を震わせ、騎兵隊とは名ばかりのたった5名の騎兵がアンデッドの側面に回り込む。
「おおっ、包囲殲滅陣ってやつだ。でもさ〜、流石に人数が違いすぎて包囲にはならないんじゃない?それに包囲殲滅はあくまで人相手の戦法だよね。退路を絶たれて囲まれるって恐怖を与えて、内側にいる人間が戦えないっていう数的な不利も押しつける………人相手なら効果的だと思うけど、死の恐怖も無ければ、仲間がいればそれを押し除けてでも進もうってアンデッド相手には、戦法のメリットが全部潰されてるよね」
どこまでも緊張感に欠けるイスズの声が、ミナトの意識にベタリとこびりつく。
しかし、彼女が口にした疑問は至極真っ当なものであり、数百からなる敵勢を対し5騎の増援を差し向けることは、子どもが戯れで作った堰により大河の流れをとめようとする事と同様の愚行に思われた。
「違うよ、包囲が目的じゃない………ボク達の狙いはこれだ!!」
ミナトはイスズの問いに答えると同時に騎兵とは反対側に駆け出した。
ミナトが抜刀し側面から切り込むと、歩兵隊の脇に回ろうとしていた死者の群れは目の前に忽然と現れた生者に引き寄せられ、歩兵隊への圧力が弱まる。
またエッダ率いる5名の騎兵は、交戦することなく隊列の側を駆け抜けることで敵を引きつけ、左右から溢れようとしていた敵は、次々とミナトと騎兵へと吸い寄せられていく。
「嘘だぁ、こんな事ってある?凄い間抜けな絵面なんだけど。そのまま詩には出来ないっていうか」
イスズの言う通り、誘導員の案内を受けるようにミナトが作り上げた流れに沿って律儀に移動する敵の姿は、命のやり取りを行なっている戦場において一種の滑稽さすら覚えさせるものであった。
ミナトはともすれば統制を失いそうになる敵勢を、自らを餌にすることで上手くまとめあげ、歩兵隊に向かう敵数を調整しながら少しずつ城壁沿いに誘導していく。
エッダ率いる騎兵も、たどたどしい手綱捌きながら一切攻撃をすることなく相手の注意を引くことだけに専念することで、なんとか捕まることなく与えられた役目を遂行していた。
「いまだ、ありったけの矢を浴びせて!!」
櫓の上に待機している弓兵に向かい叫ぶと、大きな塊となって渋滞している敵に向かい数十本の矢が飛び、確実に戦力を削っていく。
正面からの敵を槍衾で倒しつつ、側面に回り込むことで圧力を軽減し、城壁からの遠距離攻撃で数的不利を補う。
下位アンデッドの特性を逆手に取った作戦により、敵はみるみるうちに数を減らしていく。
無論、戦い慣れていない歩兵隊はすぐに体力的、精神的な限界を迎えかけたが、戦線の維持が難しくなる度にミナトが前面にまで突出し敵を相手取ることで、再び隊列を整える余裕が生まれ、十数波に及ぶ波状攻撃を防ぎきることに成功した。
「じみ〜、映えない〜、歌えない〜。必死なとこ悪いけど、これは英雄の戦い方じゃないなぁ………」
「これでいいんだよ、ボク達は英雄じゃない。だけど、英雄じゃなくても国や家族を自分達の力で守ることが出来る、それが大事なんだ。確かに対アンデッド戦法『ハーメルン』は地味だし、裏技的な感じでカッコよくはないけど、今回は『ハーメルン』の有用性が確認できただけでも収穫だ。イスズも詩にして『ハーメルン』のことを広めてよ、アンデッド対策にきっと役立つと思うからさ」
「ハーメルン!?……………あっ、そうなんだ、今の戦法『ハーメルン』って言うんだ。な、なるほどね、キャッチーで良いんじゃないかな?そうだね、気が向いたら詩にしてみるよ」
あらかた敵を掃討し終えると、それを待っていたかのように再びけたたましい鐘の音が王都を包み込む。
「行こう、とうとう敵の本体が動くみたいだ」
ミナトは弾んだ息を整えつつ、これから始まる最後の戦いに思いを馳せた。
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