存在理由
「幻術………じゃないわね」
悪魔、それも六大魔公の名を冠する大悪魔であるアルベラには幻術を始めとして、あらゆる精神作用を伴う魔法はその一切が通じない。
それは厳然たるこの世界のルールであり、神ならざる者には変えることが出来ない事実であることを、アルベラは本能的に知っていた。
白い指先が爪で切り裂かれ、鮮血が滴る。
表面張力により限界まで膨れ上がった血の雫が、重力に耐えかねるようにポトリと地面に落ち、大地に赤黒い染みを作る。
「………誰?」
霧の奥で何かが蠢く。
曖昧な影が徐々に輪郭を帯び、遥か遠くに存在していたはずのそれは、いつの間にか一歩踏み出せば手が届くほどの距離にいた。
「子ども?」
影の正体は一人の少女だった。
少女は両の掌で顔を覆い、ただ泣きじゃくっている。
少女が人ならざる存在であるのは確かめるまでもなく明らかだが、その鼻につくまでの陳腐でありきたりな演出が神経を逆撫でしたのか、アルベラはごく無感動に口を開く。
「くだらない遊びは止めてくれるかしら。貴方が何者かは知らないけど、こういうのは好みじゃないの。面倒だから、さっさと終わらせない?」
零れ落ちる血の塊が深紅の鋲に変化し、銃弾の如く少女を撃ち抜いていく。
しかし、竜鱗級冒険者の命すら容易に奪うであろう無数の血の弾丸は、少女の形をした何かに吸い込まれ、虚空へと消えていく。
「少しくらい反応してくれると攻撃の甲斐もあるんだけど………どうやらお喋りは苦手みたいね」
アルベラは自らが置かれた状況と少女の反応から、現状に対する推論を組み立てていく。
目の前に広がる光景は幻術によるものではなく、魔法の行使に対する制限もないことから、ここは別次元ではない。アルベラが生まれた世界は、ただ無限の力が形もなく揺蕩う世界であり、意志が形を成すことはない。
ならば、ここは先ほどまでいた世界と地続きの何処かであると考えるのが自然だ。
「アタシは転移させられたってことでいいのかしら」
少女から返答はない。
「なるほどね。特定の座標に近づくと強制的に転移させられるような魔法が仕込まれてたってとこかしら。貴方自体も本体ではないんでしょ。自分に似せて作った人形を仕立てて、本体はどこかでこの様子を監視してるってとこね。なかなか趣味が悪くて素敵じゃない」
アルベラは目の前の少女を通して、この現象を引き起こしている何者かに語りかける。
(これじゃどれだけ攻撃しても無駄ね、触れた瞬間攻撃そのものを転移させてるもの。こちらに一切干渉しない前提だとしても、これだけ高度な術式を組むには六大魔公クラスの魔力と知識が必要。その上でここまで悪趣味な演出をしたがる人格破綻者は………)
今日四度目のため息が美しい唇から零れる。
少し考えるだけでも数人の顔が思い浮かび、その中から犯人を特定する労力を思うと真面目に考察することが馬鹿馬鹿しくなる。
「いいわ、どうせ寸劇が終わるまで解放してくれないんでしょ?付き合ってあげる、なんでも言って」
「………分からないの」
「何が分からないの?」
「私がどうして生まれてきたのか、なんのためにここにいるのか、なにをするべきなのか………なぜ作られたのか………………」
「なかなか難しい質問ね。アタシは貴方の事を何もを知らないわ。だけど、これだけは言える。貴方がなんの目的で作られていようと、なんの役割を与えられていようとも、貴方自身がこうありたいと思えば世界は変えられるわ。そういうものでしょ?」
「………それが貴方の答えなの?」
「………ええ、その通りよ」
「分かった。その答えの結末を見てるね。どれだけかかっても、ずっと見てる。私は見てる」
少女の顔を覆う両の手がゆっくりと外される。
そこには目も、鼻も、口も………存在すべき物がなにもなく、ただ空虚な世界だけが広がっていた。
「またね」
霧に溶けるような少女の小さな呟きは、いつまでもアルベラの鼓膜を震わせ続けた。
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