失った物、今ここにある物
(ボクが一番美しいと思うもの………それは………)
「進むことです」
不意に自分の口から飛び出した言葉に、ミナト自身が驚き咄嗟に口を抑える。
「すいません、いきなり大きな声を出して………」
「いいの、貴方が考えに考えて心から溢れ出した想い、それを知りたかったんだから。理由を聞いてもいいかしら?」
男は優しい声色でそう言うと、ミナトが考えをまとめ再び口を開くのを目を閉じジッと待った。
「えっと、難しいな………。立ち止まっている人や、迷い苦しんでいる人が、美しくないと思っているわけではないんです。だけど、惑い悩んだ末に進み始めた人の決意に満ちた顔は、みんな綺麗だなって。ボクは優柔不断なので、単なる憧れなのかもですけど、正しいか正しくないか、一歩踏み出せばどうなるかも分からない未来を前に、進むことを決めた人は美しいと思うんです。すいません、少し趣旨とずれちゃってますよね………」
ミナトは上手く想いを紡ぎ出すことの出来ない自身を恥じ入るように、顔を赤らめ俯く。
「そんなことはないわ、とても素敵な考えよ。進むこと………貴方とアタシって似てるかもね」
男は手の甲を口の端に当て、クスリと笑う。
「何を美しいと思われるんですか?」
「失うこと………アタシは失う過程で初めて見えてくるものにこそ『真実の美』が宿ってると信じてるの」
男は笑みを絶やすことなく、しかし、先ほどとは全く異なる口調で自分自身の考えを確かめるように呟く。
「失うことですか?」
「ふふっ、抽象的でごめんなさい。例えば他者の命を奪うことで生きる肉食獣の存在意義は、強さ………つまり、神から与えられた生まれ持った能力そのものよね。鋭い爪や牙で獲物を狩り、その爪牙が獲物に届かなくなった時に死ぬ。彼らの生き方に嘘はなく、それゆえに気高く美しいわ。でも、彼らが牙や爪を失ったら、それをもって醜くなったと言えるかしら。彼らの持つ美しさは絶えたと言えるかしら。………アタシは違うと思うの。絶対普遍の武器を持っている存在がそれを失って初めて見えてくる、神から与えられた何かに頼ることのない想いそのもの。失うことで見える物、それがアタシの思い描く『真実の美』よ」
失うことで見える物、ミナトの脳裏に過去の記憶が蘇る。
失い、失い、失い続けた人生。
明日は目が覚めないかもしれないと泣き、それでも自分のために頑張ってくれる誰かのために生きようと決意し、泣き、笑い、泣き、笑い、諦め、再び己を奮い立たせ、少しずつ、毎日確実に失い続け、命までも失った果てに、偶然辿りついたこの場所。
(失ったことで見えた物がこの世界だったとしたのなら、ボクは………)
自然と瞳から涙が零れ落ちる。
「あらっ、やだ、アタシ変なこと言っちゃったかしら!?ダメね、少し前にも古い友達にデリカシーに欠けるって窘められたばっかりなのよ。許して頂戴」
「いえ、ボクの方こそ、すいません」
ミナトは意思とは無関係に溢れる涙を袖で拭い、上を向くことで堰き止める。
「落ち着いた?………案内してもらったのに泣かせちゃうなんて、も~、申し訳なさで頭が爆発しちゃうわっ!!」
男が鶏のとさかを思わせる髪を軽く叩くと、ポンッという間の抜けた音と共に、とさかがパックリと左右に分かれ、髪の割れ目から白煙があがる。
「えっ!?………ぷっ………なんですか、それっ」
「ウケたわね、アタシのとっておきの一芸。笑ってくれなかったら、全速力で逃げるつもりだったのよ、助かったわ」
ミナトは込み上げる感情を抑えきることが出来ず、再度吹き出す。
「今日は楽しかったわ。弟以外とこんなに話すのは久しぶり。そうだ、お礼とお詫びを兼ねて、これをあげる」
男は首からぶら下がるネックレスのひとつを外し手渡す。
「ありがとうございます。これは………魔具ですか?」
「魔法の込められたお守りよ。効果は………ヒ・ミ・ツ。すぐに分かっちゃ、面白くないものね。この国で一番の魔法詠唱者なら分かると思うから、気が向いたら聞いてみて。そろそろ行かなくちゃ、弟を待たせてるの。それじゃあ、またね」
「あの、名前を教えて貰っていいですか」
「リーベ。アタシの名前はリーベよ。貴方は?」
「ミナトです」
「ミナト、また会いましょう」
そう言うと、男は氷の城のなかに溶けていくように姿を消した。
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