姉妹相克
「エルフリーデ………殿下。これはこれは、わざわざ王都からこのような辺鄙な所までご来臨の栄を賜りましたこと、恐悦至極に存じます」
ガルバ侯爵は予想だにしていない賓客の来訪に、こめかみを引き攣らせながらも満面の作り笑いをもって応対する。
「主たる北部貴族の方々が一堂に会すると壮観ですね。王都に知らせる事の出来ない秘密の計画がおありとの噂に耳にし、どのような話をされているのかと興味本位でまかりこしました。大掛かりな狩りの予定でも相談されているのかしら」
エルフリーデは供回りの一人の貴族と共に無遠慮に大広間の中央まで歩を進めると、踊るようにぐるりと周囲を見回し、炎を灯したような緋色の髪をたなびかせる。
「ご明察でございます、エルフリーデ様には隠し事は出来ませぬな。国境沿いの都市が、かの六大魔公に侵され、果てには王の気まぐれでどこの馬の骨とも知れぬ輩に領土を割譲するといった醜聞があり、領民の不安が募っておるのです。そこで我ら北部に領地を持つ貴族が互いに絆を深め、一つとなって国難に立ち向かう必要がありましてな。大規模な巻狩りはそれに最適なのです」
北部有数の大貴族は慇懃無礼を体現したかのような態度で、にこやかに、けれども言葉の端々にふんだんな皮肉を込めエルフリーデの問いに答える。
「私の直感が正しかったようで何よりです。巷間には姉上を旗頭とし、国に対し反乱を起こす策を練っているのだというくだらない風説がありますが、杞憂にすぎないようですね」
「エルフリーデ様、お言葉が過ぎるのでは………」
冗談としては際どすぎる王女の発言に、隣に控える気弱そうな青年貴族がオロオロと狼狽する。
「あくまで噂の話です。ガルバ候、狩りにはぜひ私も誘って下さい。獲物が二頭の獅子でなければ、国王陛下より近衛兵をお借りして喜んで同行いたしましょう」
「お控えください、エルフリーデ様」
ジェベル王国において、『二頭獅子』がジェベル王家の紋章であること………ひいてはジェベル王家を指し示す暗喩であることを知らない者はいない。
そして現王家に批判的な姿勢を示す北部貴族の狩りにおいて獲物として二頭の獅子を引き合いに出すことは、明らかに暗喩の域を超えていた。
「休むことなく馬車を走らせてきましたので、喉が渇きました。なにか飲み物を頂けるかしら」
「………エルフリーデ様に葡萄酒を」
給仕が顔を伏せながら王女にグラスを差し出す。
「素晴らしい香りですね、北部領の富貴を詰め込んだような華やかな………ですが忘れていました。私はまだ成人の儀を終えておりません。王位を継ぐ前に酒を口にするのは縁起が悪いですね。ガルバ候、こちらはお返しします」
バシャ
液体が飛散する音と共に、辺りが芳醇な葡萄酒の香りに包まれる。
「エルフリーデ様っ!!」
葡萄酒がホストであるガルバ侯爵の瞳から血の涙のように頬伝い、衣服を赤く染める。
王女とガルバ侯爵を取り囲む血気盛んな若手貴族達は、その蛮行ににわかに気色ばみ、夜会は一瞬にして剣呑な空気に覆われる。
「構わんっ、こちらの不手際だ………エルフリーデ様、申し訳ございませんでした。成人の儀の後に、祝いの品として改めて葡萄酒をお送りいたします。共に王国を支える一貴族として励みましょう。おいっ、エルフリーデ様がお帰りなられるとのことだ、丁重にお見送りしろ」
主人の命を受けた従者が殺気立つ貴族を押しのけるように道を作り、エルフリーデは人で出来た壁に挟まれた道を表情ひとつ変えることなくゆっくりと歩いていく。
「エルフリーデ!!」
呼び止める声にエルフリーデは僅かに振り向き、視界にシャルロッテを捉える。
「いらっしゃったのですね。相変わらずお元気そうでなによりです、お姉様」
「貴方と話したい事があるの。ここでは落ち着かないでしょう、ガルバ侯爵に奥に部屋を用意して貰っているの。二人で話し合いましょう」
「あら、お父様にルグレイス公、ガルバ候に他の有力貴族から昨日今日男爵になった下級貴族まで、見境なく尻尾を振っていらっしゃったかと思ったら、私にまで媚びへつらうのですか?器用なこと、私にもそのよく動く尻尾を一本分けて頂きたいくらい」
「エルフリーデ、聞いて」
「相変わらずお上手ですね。帝国の愚鈍な王子にもそうやって潤んだ瞳と猫撫で声でお近づきになったの?誰にでも平然と身体を許すのは血筋なのかしら」
「………妹といえど、お母様への侮辱は許しません」
「誰もクラウディア様の事とは言っておりませんが………御自覚がおありのようですね。レオニード、行きましょう」
「エルフリーデ!!」
エルフリーデは振り返ることなく大広間を後にする。
シャルロッテは遠ざかっていく妹の背中を無言を見つめていた。
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