兄と妹
「久しいな、シャルロッテ。いつ以来だ」
祖父であるルグレイス公爵と別れ、大広間に戻ろうとするシャルロッテの前に一人の青年貴族が現れる。
金の髪、青の瞳、白磁の如く白い肌、細く長くしなやかな手足、スッと通った鼻筋に、薄い耳たぶ。
見るものが見れば、一目でルグレイス公爵家の血を引くものであると分かる特徴を備えたその青年は、美しい顔に似つかわしくない傲慢な声色で、シャルロッテを呼び止める。
「お久しぶりです、サーダイン伯爵。三月ほど前にお会いしたばかりなのに、もうお忘れですか」
「数年は会っていないかと思ったが、気のせいだったか。いや、会ったところでお前が器用に顔を使い分けているせいで、同じ人間だと認識に出来なかったようだな」
青年は陶器のような艶やかな顔を僅かに崩し、くぐもった笑い声を漏らす。
「レディーの前を遮った上にそのような物言い、礼を失していらっしゃるのでは?」
「はんっ、捻くれ者の妹の道を正してやるのに、なんの遠慮がいる」
「サーダイン伯爵、今のワタクシは国王陛下の娘。ルグレイス公爵家とは関係ありません」
「くくくっ、誰が信じる、そのような建前。だが、存外その方がオレにとっては都合がいいか。お前が爵位を失えばオレがクルブレール侯爵位を継ぐことは必定。ルグレイス公爵領とクルブレール侯爵領、それに我が所領を合わせれば最早ジェベルでオレの権勢に並ぶ者はいない」
「国王陛下の前でも同じことを仰ることが出来るのですか」
サーダイン伯爵は投げかけられた言葉を鼻で笑って無視すると、ぐいと距離を縮めシャルロッテの顎を指を絡めた。
「顔だけは美しく育ったな、一段と叔母上に似てきた。………叔母上に免じて一つだけ忠告してやろう。埒もない火遊びは止めろ。知っての通りオレは善人でな。一度は妹と呼んだ道理も分からぬ子どもが、老人の妄言に踊らされ破滅に向かうのを見逃すのは些か忍びない。お前の器ではせいぜい侯爵領を収めるので精一杯だろう。大人しくしているのであれば、オレが娶ってやっても構わん。くだらぬ野心は抱かぬことだ」
シャルロッテは自らの肌に触れる指先を掴み、払い除けると、鼻先が触れそうなほど顔を近づけるサーダイン伯爵を睨みつけ、口を開いた。
「サーダイン伯爵、思い違いをなされているようなので正します。ワタクシはワタクシの信念のもと動いています。少なくともワタクシは誰かの代わりに生きるつもりも、誰かの代わりに死ぬつもりもありません」
「言うようになったな。お前が廃された暁には領地と爵位を譲り受けた礼として、捨て扶持くらいはくれてやろう。お前が連れ歩いている、混ざり者やら楽団やらの有象無象の出来損ない共と、片田舎で一生涯無為を貪るんだな。………そうだ、親切ついでに一つ教えてやる。お前と同じく余計な波風を立てることでしか己の存在を誇示できぬ、哀れな子どもがコチラに向かっているとのことだ。愚にもつかぬ子どもの喧嘩など見世物にもならん。今のうちに所領に戻るのだな」
「そんな、まさか………失礼します」
シャルロッテはその言葉が示唆する人物を思い浮かべると、顔色を変え急ぎ大広間へと走った。
遠くなっていく王女の背中を青年貴族は高笑いと共に見送った。
場の過半を占める青年貴族の目当てである王女が中座したことで、絢爛豪華な夜会は弛緩した空気で覆われていた。
社交界に慣れていない若者が周囲の会話を掻き消さんばかりに大笑いをし、物慣れた老貴族は粗野な態度に眉を顰める。
夜会のホストであるガルバ侯爵に媚びる下級貴族、その様子を冷ややかに眺める有力者、一夜の相手を求める好色家に、それに応じる貴婦人。
貴族社会に身を置く者にとっては、ごく当然の見慣れた光景が続くさなか、表を見張っていた衛兵が慌ただしく執事のもとに駆け寄る。
「騒がしい、何事だ」
騒ぎに気付いたガルバ侯爵が不快そうに執事に問うと、返ってきた答えに言葉を失い、扉に目を向ける。
「ジェベル王国第二王女エルフリーデ様、御入来!!」
権勢を誇るが如く無駄に飾り付けられた豪奢な扉が音もなく開いていく。
場は先ほどまでの喧騒が幻であったかのように静まり返り、百を超える貴族の視線がただ一人の少女に注がれる。
燃えるような赤髪を持つ少女は、自分に向けられる無数の敵意に微かな笑みで応じると、煌びやかな光に包まれた大広間へとゆっくりと足を踏み入れた。
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