母の面影
「では行ってくるわ、フローネ」
「シャルロッテ様、お気をつけて」
王宮を思わせる豪奢な飾り付けがなされた分厚い扉がゆっくりと開き、その内に膨れ上がった欲望や嫉妬、羨望が足元を吹き抜けた刹那、シャルロッテの顔が少女のものから王女のものへと変容していく。
「クルブレール侯爵、御入来!!」
侍従の格式ばった物言いが大広間に響き渡ると、目も眩まんばかりの輝きと共に、数百の瞳が一斉にシャルロッテを捉える。
「おおっ、シャルロッテ様、また一段とお美しくなられましたな!!ようこそ、おいでくださいました!!ささっ、どうぞこちらへ、ご尊顔を拝したいと、みなみな列をなしております」
屋敷の主人が自らの権勢を誇るように王女に親しげに語りかけ、肩を抱くように主賓であるシャルロッテを自派の貴族達の元へと連れていく。
シャルロッテは津波のように我先にと群がる下級貴族達に対し、王女として相応の笑顔と最低限の愛想を振り撒く。
若い男達は自分に向けられる所作の僅かな違いに一喜一憂し、我こそが王女の寵愛を受けるに相応しい男であるとひとり歓喜した。
餌に群がる鼠の群れを思わせる貴族の列は途切れることなく続き、通り一遍の挨拶を交わすだけで一時間程が過ぎ去った頃、得意の絶頂にある主人に対し一人の老爺が声をかける。
「ガルバ侯、この場で山と求婚の申し出を受けたとて、クルブレール侯ともなれば自らの一存で相手を選ぶわけにはいくまい。逸る気持ちは分かるが、ここは老い先の短い我らにも時間をくれんかね」
若く野心に溢れる貴族の子弟達は、老爺がジェベル王国最大の所領を持つ大貴族、ルグレイス公爵その人であることに気づき、シャルロッテを延々と続く単調作業から解放すると、ルグレイスはホストであるガルバ侯爵に一言申し開きをし、シャルロッテを奥の小部屋へと誘う。
「感謝申し上げます、ルグレイス公爵。あのまま留まっておりましたら、人の波に押し潰されるところでしたわ」
「シャルロッテ、儂にまで人形のような作り笑顔を向けるのは止めろ。ここには誰も入れぬ、いつも通り話して構わん」
ルグレイス公爵は深く刻まれた皺の奥に隠された鋭い眼光を隠すことなく、しかし親が子を労わるような優しさを込めて言うと、シャルロッテに着座するよう促す。
「かしこまりました、お爺様。それにしても、本当に疲れましたわ。情熱的なことは素晴らしいのですが、気持ちばかりが先走ると事を仕損じるということを学ぶべきですわね」
シャルロッテは数えきれないほどの口づけを受けた自らの右手をまじまじと見つめる。
上質なシルクで作られた真っ白な手袋には、度重なる口づけにより微かな変色が見られ、それはシャルロッテの愛を得んと集まった貴族たちが、その実、相争う立場の男同士で口づけを交わし合ったことを示していた。
「随分皮肉が上手くなったものだ。思えばクラウディアにも口さがないところがあった………。顔も声も、心根までも成長につれ益々似てきた………血とは恐ろしい」
ルグレイス公爵は椅子に深く腰掛けると、思い出を口の中でくゆらすように、ゆっくりと息を吐いた。
「………お母様はワタクシの前では天使のようにお優しい方でした。きっとお爺様のことを信頼遊ばしてたのですね、我儘や本心を隠す必要がないほどに」
シャルロッテの呟きに、ルグレイス公爵は口を真一文字に結び、目を閉じる。
「お前の成人の儀はルグレイス公爵家の誇りにかけ、我が一門で執り行う。日取りはおって伝える。………シャルロッテ、お前は尊厳者ジェベルの末裔であり、ルグレイス公爵の孫娘であり、誇り高きライズフェルド伯爵家を継ぐ者。断じてあの簒奪者の娘などではない。ゆめゆめ忘るるな」
ルグレイス公爵には既に孫娘を愛でる老爺の面影はなく、果てしない政争にその身を浸す権勢家の仮面がかけられていた。
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