一難去ってまた夜伽
「マームードも中々の役者ね。自然な形で二人もミナトの側に送り込むなんて」
他の重臣たちが自らの居所に戻り二人きりになった天幕で、アルベラは感心するように言う。
「どういうこと?」
「そのままの意味よ。連絡役とは言っても王都の、しかもミナトと直接話せる立場なら、実質的に重臣といっても遜色ないわ。そこに自分の娘をねじ込んだ政治的手腕を褒めてるの」
「なるほど、そういう見方もあるんだ………」
ミナトは巌を削り出したような無骨な戦士といった空気を纏ったマームードの顔立ちを思い浮かべる。
その風貌は権謀術数によりライバルを蹴落としていくステレオタイプな政治家のイメージとはかけ離れているが、マームードは数千からなるブレニムの民をまとめる族長であり、腹芸のひとつやふたつ身に着けていてもなんら不思議ではない。
「そういう見方しかないわ。交代制で王都に来ることになっている人材だって、優秀さは勿論のこと、それ相応に発言力のある血族の若者を順繰りに送り込んでくるはずよ。だけど幾ら優れた資質を持っているとはいっても、初めての場所、慣れない風習、他者からの好奇の視線を受け続ければ、ブレニムの民だけじゃなく、ベスティアだって自然とレティやバイムトを頼るようになるわ。マームードの策により、二人は労せずして次世代の有力者達の指導的な立場を得ていくって絵図ね」
「そんな深慮遠謀が………さすが千を超える一族をまとめあげてるだけあるなぁ。ザテトラークは何も言ってこなかったね。あれも何か考えがあるのかな」
「自分のところにまともな人材がいないから諦めたんでしょ。ケンタウロス相手に王宮内での権勢で競い合うつもりはないって意思表示もありそうね。元からベスティアは人の敵に回らないってだけで価値があるほどの戦力を持ってるんだもの。比較的立場が似てるケンタウロスと無駄に争うより、同じ立ち位置にいることで厄介ごとはマームードに任せる気かもね」
ミナトはザテトラークが自分を臣下として迎え入れようとしていたことを思いだす。
「人の身であるボクを引き入れようとしてたのは、ベスティアに内政ができる人材がいないのを補強しようとしてたからなんだね。族長の立場ともなると色々考えなきゃダメなんだな。はぁ………それに引き換えボクは全然ダメだ。目の前のことにいっぱいいっぱいで、虚々実々な政治の世界まで頭が回らないよ」
地を這うような深いため息が天幕に満ちていく。
ミナトは自分の思考が疲労に引きずられ暗くなっていくのを感じ、それを振り払うように大きく深呼吸をした。
「ミナトは今のままで構わないわ。政治ごっこなんて臣下に任せればいいの。アタシ達はミナトが描いた大きな地図を埋める存在よ。シンギフ王国をどう描くかはミナトにしか出来ないわ。ジェベルとの国交も、お姫様との関係も、帝国との交易も、両部族の盟主となったことも、全てミナトにしか描けなかった世界でしょ。自信を持って」
「ありがとう、アルベラ」
ミナトは六大魔公として人々に絶望と死をばら撒いていたアルベラの顔をまじまじと見つめた。
リオに破れ力の差を思い知ったとはいえ、ミナトのために、シンギフ王国のために、ひいては彼女が虫を潰すように殺してきた人間のために身を粉にして働く姿は、とても世界に数多の災厄をもたらしてきた大悪魔と同一人物であると思えなかった。
「あら、噂をすれば影ね」
「えっ?なんの話??」
アルベラが唐突に呟いた言葉の意味を理解できず、ミナトは思わず声が裏返る。
「これもミナトにしかできない重要なお仕事よ。野暮なことは嫌いだから、アタシはこの辺で失礼するわ。存分に楽しんでね」
「アルベラ………行っちゃった、何だったんだろう」
アルベラが天幕を後にすると、それと入れ替わるように何者かの気配が近づく。
「夜分遅くにごめんなさい、ミナトまだ起きてる?」
「レティ?うん、大丈夫だよ。いらっしゃい、バイムトも一緒なんだね」
ミナトは深夜の来訪者を天幕に迎え入れる。
穏やかな表情のレティとは対照的に、バイムトは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。
「二人でどうしたの?何か相談ごと??」
「夜伽に来たの」
「そっか、夜伽に………………へっ!!??」
ミナトの口から空気が抜けるような間抜けな跡が響く。
その情けない叫び声は天幕に反響し、ミナトの鼓膜を震わせ続けた。
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