鮮血公
とめどなく降り注ぐ血の雨に大広場に集まった人々が悲鳴をあげる。鮮血が髪を染め、頬を伝い、唇を濡らし、世界を赤く変えていく。
口の端から入り込み舌にまとわりつくソレは、ドロリとした張り付くような感触と、鼻腔を満たす鉄の香りによって、朱に彩られただけの水滴ではないことを示していた。
「少女のような風貌に金にたなびく緩やかな髪、青く輝く瞳、大きくせり出した黒い角、血が滴る漆黒の大鎌………まさか、あれが噂に伝え聞く六大魔公」
「俺はカロであの女の姿を見たぞ!!皆あいつに殺されたんだ!!あいつが鮮血公『金色のアルベラ』だっ!!」
身体を伝う鮮血が人々から理性を奪い、恐怖が伝播していく。
広場に集まった市民達は口々に「アルベラが攻めてきた!!」「早く逃げろ!!」「殺されるぞ!!」などと叫ぶが、その言葉とは裏腹に、誰もが魔法にかかったかのように、あるいはアルベラの美しい瞳に魅了されているかのようにその場に留まり、この期に及んでも逃げようとする者は一人としていない。
「王をお守りしろ!!」
衛兵とは一線を画す煌びやかな武装を身に纏った騎士が、白銀の輝きを有する鎧を以って王の盾となるべくアルベラの前に立ちはだかる。
「抜剣!!かの悪逆非道な悪魔を打ち果たし、己の誉とせよ!!」
指揮官の号令一下、騎士達は一斉にアルベラに襲い掛かる。
先陣を切った者が大上段から斬りかかることで視線を誘導し、それによって出来た間隙をつくように二人の騎士が側面から剣を槍のように突き出す。正面から圧を加える者、味方を囮に背後に回り込む者、後詰として控え状況の変化に即応する者………数十名の騎士が、あたかも一つの意志の元に統一された一個の生命体であるかのように有機的に連携し、美しき獲物を目がけ躍動する。
絶え間なく繰り出される攻撃をアルベラは事も無く受け流すが、やがて面倒になったのか躱すことを止め、その身で白刃を受けた。
「ダメよ、ちゃんと自分の武器は磨かないと」
「馬鹿な………」
アルベラの頭部めがけ振り下ろされたブロードソードは、その柔らかな金色の髪一本すら切断することが出来ず、空間に固定されたかのように動きをとめた。
「もう終わり?なら、少し静かにしていて貰おうかしら。お・す・わ・り」
アルベラが手をかざすと、騎士達は重力に耐えかねるように地面にひれ伏す。目に見えない力に理外の力に鎧が軋みをあげ、肺が圧し潰されているのか次々と呻き声が漏れる。
「ふふっ、人間は脆いわね。もう少し刺激を強くすればイケるかしら。試してみる?」
「やめるんだ、アルベラ!!」
「あらっ、ごめんなさい、怒られちゃったわ」
ミナトの制止を受け、アルベラが魔法による拘束を緩める。
「どういうことだ、あの少年がアルベラに命令したように見えたが、彼は一体………」
王は低い声で呟くと右手で髭を何度かさすり、意を決したかのように再び口を開く。
「貴公が六大魔公の一人、鮮血公アルベラか」
「そうよ、ワタシが金色のアルベラ。以後お見知りおきを。貴方がジグムンド3世?」
「陛下、悪魔の問いかけに応えてはなりません!!」
「控えよ!!失礼した、臣下の非礼を詫びよう。いかにも、余がジェベル王ジグムンド3世である」
貴族、廷臣、そして王都の民が固唾を飲んで見守るなか、王はアルベラの前へと歩を進める。
ジェベル王国二千万余の民の安寧をその双肩に担うジグムンド3世の分厚い体躯が、大鎌を振るえば届くほどの距離まで近づく。
「ワタシと相対しても怯むことのない胆力。流石は大国の主と言ったところかしら。王に武器を向けるのも礼を失しているわね」
王の心意気を買ったのか、アルベラは冥王の大鎌を虚空に帰し、両の掌を大きく広げる。
「ジェベル王として鮮血公アルベラに問う。ジェベル王国の心臓とも言えるこの場に姿を見せたという事は、ここを貴公の墓所としたいと考えたからか」
「あら、王は冗談が苦手のようね。貴方の臣下が見せた醜態は幻覚ではないわ。貴方達はワタシに傷ひとつつけることはできない、これは厳然たる事実よ」
「まさか我らを挑発するためだけに、姿を現したわけではあるまい。カロ同様に王都をも地獄へと変えにきたのか、私の命を奪いに来たのか………あるいは交渉に来たのか。目的を聞こう」
「ワタシの目的、それは………」
アルベラが答えようとしたその時、リオがミナトの手を引き王の前へと進み出た。
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