イキ地獄
「んほぉ!!!」
ザテトラークの咆哮が大森林を覆う。
「………えっ??」
ミナトはベスティアの王の魂の叫びに気圧され、反射的に剣を引く。
「んっ、いま変な声が聞こえた」
「お、おぅ、オレの聞き間違いかと思ったが、お前もそう思ったか」
「い、痛みを堪えきれなかったんでしょ。畳みかけるチャンス。そうよね、バイムト」
「ん、あ、あぁ、その通りだ」
リオ達が小声で会話をするなか、アルベラは込み上げる吐き気に膝を折り、小さな球体になるように屈んで口元をハンカチで抑えている。
「おほぉ………………ふっ、人の王よ、甘いな。これは命の奪い合い。その最中において、角を切り落とす事すら躊躇するとはな………最早手足を思うように動かすことすら叶わぬ身であっても、腑抜けたその首を噛み切る程度は出来るぞ!!さぁ、やれるものならやってみよ!!ベスティアの王、ザテトラークの誇りである角を見事切り落としてみよ!!!」
聞く者の肌を震わせるような気迫。
「あ、あぁ、まだ降参しない気か、ザテトラーク………この痛み最後まで耐えきれるか!!」
ずりゅ
鋭敏な神経の束を刃物で引き出しながら切断していく生理的な嫌悪感を催す粘性の音が、刀身を伝わってミナトの耳管に広がる。
その微かな音の波はアルベラにも届いているのか、美しい白磁のような肌は血の気を失い青白くなっている。
「んほぉぉぉぉ!!!!すごいのくりゅう!!!!!らめ、それ以上は………おぁぁぁあああああんんん!!!!!!」
………
……………
…………………
ベスティアを統べる偉大なる王の断末魔。
剥き出しの神経に直接斬りつけられるという想像するだけでも空恐ろしい苦痛を味わっても瞳はいまだ死んでおらず、むしろ歓喜に打ち震えるように歯を食いしばり、熱い吐息を漏らす。
その頬はほのかに紅潮し、目は愉悦すら感じさせるようにとろんとした蕩け、口からはネットリとした涎が絶え間なく零れ落ちる。
「ど………どうしたっ!!それで終わりかぁ!!!もっと!!!!もっと強くやってみてろぉ!!!!!早くぅ!!!!!!!!!!」
ごりゅ
ミナトは死んだ魚のような力ない瞳で、諦めとともに剣を前後に動かす。
「おほぉ、んあぁぁぁ!!!!すごぉぉぉぉぉおお!!!!!くるぅぅぅぅ!!!!!!」
地獄。
途切れることなく嬌声………悲鳴が轟き続けるその光景は、まさにイキ地獄であった。
絶え間ない刺激に悶える王を見つめるベスティアの戦士達は幽鬼の如き表情を浮かべ、身じろぎ一つしない。
アルベラはトイレと友達になる酔客のように地面に突っ伏し、デボラはこの状況を笑い飛ばすべきか真顔でいるべきか分からず曖昧な笑みを浮かべ、リオは腕組みしたまま何度も頷く。
「ごめん、そういえば私お父さんにご飯作らないといけないんだった。先に帰るね」
「うむ、煮込み料理は手間も時間もかかる、手伝おう」
「んっ、敵前逃亡はNG。さっきベスティアと祖先が同じとかゆってた記憶。最後まで見届けて受け止めるべき」
「んほぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!!!!!!!!すっごいの、くりゅううううう~~~~~!!!!!!!!!!!!!!」
レティは自らの責務を思い出したのか、それともかつての強敵の死に水を取るべく覚悟を固めたのか、ザテトラークを視界に収めないようにしながら一歩前に出た。
永遠とも思える一瞬。
ミナトが角を切り、ザテトラークが叫び、見守る者達はただ無言で見つめる。
それは英雄譚として語るにはあまりに突飛で、神話にするにはあまりに滑稽な結末であった。
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