血の雨
「………カラムーン平原にて、勇敢にも六大魔公の脅威に立ち向かった英霊達も、その行方は杳として知れない。これまでに、かの悪虐な大悪魔により命を失った我が親愛なる臣民の事を考えると、この胸は張り裂けんばかりの悲しみに覆われる。しかし、我々は結束し、この苦難を乗り越えなければならない。それこそが………」
王宮前の大広場では、ジェベル王国の現国王ジグムンド3世による演説が続いている。
堂々たる偉丈夫であり、黄金の王冠に豪奢な朱色のマントを纏い、大ぶりな宝石を幾つもあしらった王杖を持つ姿は、見る者に王としての威厳を強く印象づけている。
「見るがいい、あの得意気な顔を。王国始まって以来の国難だというのに、今にも小唄でも口ずさまんばかりだ」
「国境沿いの貴族領が荒らされたのが、さぞかし嬉しい御様子。妾腹あがりの卑しさは争えませんな」
「御簒奪あそばされた王位だ、自らの虚構に満ちた威光を示す好機に、喜びもひとしおなのだろうよ」
民衆からの歓呼に応える王に対し、その光景を遠巻きに眺める貴族から、冷ややかな言葉が投げかけられる。
その一つ一つはようやく互いに聞こえる程度の小さなものだが、至る所で飛び交う怨言は王と貴族の対立構造を鮮明にしていた。
「しかし、竜鱗を冠する『翠の音』までもが殺されたとすれば、我々も安穏とはしていられませんぞ」
「なにが竜鱗級冒険者だ。聞けばあれは王の妾同然の下賎な売女共に箔をつけるため、半ば公然と功績をでっち上げたとの噂だ」
「伯爵の仰る通りです。私が飼っている元ミスリル級冒険者が言うには、あの女共は高く見積もって白金程度の器とのこと。本物の竜鱗をもって討伐隊を組めば、すぐにでも討ち果たせましょう」
貴族達から安堵とも嘲笑とも取れる笑いが起こる。
しかし、その笑みはどこかぎこちなく、互いの言葉がどこまで真実味を帯びているのか、測りかねているようでもあった。
「どちらにしろ、自らの窮状を王自ら声高に喧伝する愚かさは、度し難いですな」
「あれは商人や市民から追加の徴税をするための口実に過ぎないという話もあるぞ。おおっ、見ろ、今日も浅ましくあの小娘を自らの後継であると言わんばかりに、脇に控えさせているではないか。あの傲岸不遜な態度、あれが我らがかしづくべき次期国王などとは反吐が出る」
「公爵、お声が高いですぞ」
「構うものか。いずれ、王位は正当なる継承者の元に戻る。真なる王家の元にな。それまでせいぜい我が世の春を謳歌するのだな」
その場の貴族達の盟主らしき老人が、吐き捨てるように言うと、国王が演説を続けている半円状の小高いテラスが光に覆われ、その輝きの中から3人の人影が現れた。
1人は少年で、残りは少女だが、人々の目を引いたのは1人の少女の頭部から突き出た、黒く禍々しい角であった。
「んっ、着いた」
「ここは………王都だよね。本当に転移したんだ」
ミナトは未だぼやける視界のピントを合わせるように、二度三度目を見開く。
「あまり歓迎はされていないみたいだけどね」
アルベラは取り囲む衛兵を鋭利な視線を送りながら、軽口をたたく。
「貴様らは何者だ!!王の御前であると知ったうえでの狼藉であれば、命は無いものとしれ!!」
衛兵の長らしき壮年の男が、動揺を隠すかのように殊更大声で威圧する。
「あら、勇ましいのね。それにしても、仮にも王都なのに転移阻害術式も施してないなんて、随分と呑気。せっかくだし、ワタシが少し緊張感を出してあげようかしら」
細く白い指先から血が零れ落ち、その生き血に群がるように一振りの大鎌が形作られていく。
「貴様、何をする気だ!!返答次第では………」
「何をする気かですって?決まってるでしょ、悪戯よ」
アルベラの瞳が金色に染まり、豊かな金の髪がフワリと浮き上がる。
大鎌の黒刃が青く澄み渡った空に向かい振るわれると、僅かに浮かぶ白い積雲が真っ二つに割れ、血のような紅い雨が降り注ぐ。
鮮血の如く大地を赤く染め上げる雨粒のなかで、金の髪と黒い角を持つ少女は人ならぬ笑みを浮かべていた。
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