激痛
ザテトラークの虚をつくミナトの突進。
相手がひくと想定していたベスティアの王は、にわかに突きつけられる攻撃か防御か回避かの三択に一瞬硬直する。
(獅子の下半身は前進は得意でも、後退は不得手。遮二無二相手の懐に飛び込めば、ボクの刃が届く!!)
剣を握る手にありったけの力を込め、無防備な人と獣の境に目掛け、体重をかけ全力で突きだす。
………いや、そうなるはずだった。
ミナトは剣を構えた刹那ザテトラークの頬がパンと膨らみ、次の瞬間口から何かが飛び出したのに気づき、咄嗟に前進の速度を緩め飛来物を防ぐことに神経を注ぐ。
カンッ
乾いた音が響き、剣の刀身を通じ、ミナトの手に微かな衝撃が伝わる。
地面に力なく落ちたのは、人の指ほどもある先端の尖った鋲。それを含み針の要領で飛ばしたのだ。
(ブラフ!?くそっ、ボクに見えるよう敢えて分かりやすく何かをすると演出してみせたんだ!!)
数秒の緩み、幾多の修羅場を潜り抜けたベスティアの王にとって、その時間は呼吸を整え相手の攻撃に対応するには十分な時間だった。
ザテトラークは急所を隠すように身体を捻ると、後ろ足を跳ね上げる。
不十分な体勢からの苦し紛れの行動ではあるが、数百kgにもおよぶ体重を支える後脚での一撃は、ミナトにそれ以上の攻勢を諦めさせる。
ザッ
間合いから外れ、一連の攻防が途切れる。
互いに手傷こそ負っていないものの、心臓は弾けんばかりに脈動し、横隔膜は身体中の細胞の求めに応じ激しく上下し酸素を送り届ける。
(まさか自分の実力に絶対の自信持つ亜人があんな細かな飛び道具を使うなんて………いや、ボクが勝つためになんだって使うように、奴もそうするというだけだ。当然の事なのに、なんで搦手を使ってくる可能性を考えようともしなかったんだ)
ミナトは脳内で自分自身の凝り固まった先入観を蹴り飛ばす。
(これ以上戦いが長くなれば小さなミスが命取りになる分、ボクが不利になる。カッコをつけてる余裕なんてないんだ、持てる全てを使って勝つ!!)
ミナトは背嚢から呪符と幾つかの道具を取り出し、間髪入れず封を切る。
「呪符など使わせる猶予を与えると思ったか!!」
息を整えたザテトラークは地面に落ちている人の頭部ほどの岩を鉄槌で打つ。
精密さや欠片もない雑な攻撃だが、細かく砕けた石は極小の散弾と化しミナトを襲う。
ミナトは反射的に左腕で目だけを覆う。
小さな無数の弾丸が身体に当たり全身に痛みが走るが、これまでに何度も命に関わる大怪我を負ってきたミナトにとって耐えられない苦痛ではない。
(呪符を見せた以上、相手も攻勢を緩めることはしない。視界を奪ったこの数秒、余計な小細工は弄さず一直線に攻撃を当てに来ているはずだ。それなら………)
ミナトは相手が辿るであろう進路を頭の中に思い描き、蜘蛛人の糸を編んだ球状の捕獲網を思い切り投げつける。
バッ
石の破片をやり過ごしたミナトの視野に、こちらに向かって突進するザテトラークの姿と、それを包み込むように開く捕獲網が収まる。
(成功だ、動きを止められる!!)
「死ぬなよ」
ザテトラークはニヤリと嗤うと、鉄槌を持つ右腕を弓のように思い切り引き、番えた矢を放つが如く数メートルはあろうかという得物を投げた。
(えっ、まさか、武器を投げ………当たれば死ぬ………)
ゴッ
自分の脳内から響くような鈍い衝突音と身体がバラバラになるような激痛。
小さなミナトの身体は大きく弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「咄嗟に剣で軌道を下にずらし、致命傷は避けたか」
点滅する世界のなかで、遠くからザテトラークの声が聞こえる。
(生きてる………目は………見える、手も動く。足は………)
「グァッ!!!!」
足を動かそうとすると、脳がそれ以上動かすなと神経を通して痛みという警告を発する。
少しでも気を抜けば意識を失いそうになる程の激しい苦痛のなか、ミナトは状況を把握すべく両目に力を入れ、未だぼやける視界のピントを合わせる。
そうしてミナトが見たもの、それはあらぬ方向に折れ曲がった自らの右足であった。
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