矢の行方
「話し合いをしたいのなら、先に仲間達を放して」
「もちろん。アルベラ、解放してあげて」
「いいの、ミナト。頭数だけはいるから暴れられると厄介よ」
「大丈夫だよ、そのためのメンバーだし………あれ、ひょっとしてボクが一番不安だったりする!?」
アルベラはミナトの質問に気づかないふりをしつつ、運命の赤い糸を解く。
数秒前まで身体を縛り上げていた糸から解き放たれた男達は、あまりに現実味のない出来事に混乱しているのか、暴れることも声を出すこともせずその場に留まる。
「これでいいかな?」
レティが無言で頷くと、ミナトは話を続けた。
「ボクはシンギフ王国の国王ミナト。こっちは仲間のアルベラ。六大魔公とたまたま同じ名前だけど気にしないで。後ろの馬車の御者はリオとデボラさんって言うんだけど………紹介はまた今度するよ」
ミナトは視界から外れそうなほど離れた場所で馬車を御するのに四苦八苦している二人を確認し、呼び寄せることを諦める。
「シンギフ王国?ジェベル王国じゃないの?」
「六代魔公を封印した功績で、ジェベル王国の領土の一部を割譲して貰う形で建国したんだ。だから国境沿いの土地はだいたいシンギフ王国の領土って事になるかな」
「それで貴方が王様なの?」
「そうだよ、貫禄はないけどね」
ミナトは気恥ずかしそうにはにかむと、髪先をくるくると指で巻く。
「つまり、貴方を殺せば国境沿いの土地は主人を失うってことね」
レティは言うや否や矢を番え、弓を引き絞る。
張り詰めた弦が微かに震え、少女の吐息が口元を白く覆う。
「………君達が街道を行く商人を襲っている盗賊だね」
「随分余裕ね、命が惜しくないの?それとも私がこの指を離せないだろうと舐めてるわけ?」
幼さの残る顔で虚勢を張る少女にミナトは優しく微笑みかける。
ギリッ
奥歯を噛みしめる音が鼓膜を打ち、そして数秒遅れて頬を風が撫でる。
放たれた矢はミナトの顔を掠め背後の大木に突き刺さり、僅かに切り裂かれた頬から鮮血が零れ落ち、男達はざわめき立つ。
「質問に答えてくれるかい?」
至近距離から矢で射られても一向に動じることのないミナトの姿に、レティはもう一度硬く奥歯を噛みしめ、やがて敗北を悟ったように口を開いた。
「商人を襲ったのは私達よ、間違いない。でも盗賊じゃない!!人間こそ、私達から土地を奪った盗賊よ!!」
「レティ、落ち着くんだ。口を挟んですまない、我らは森を駆ける者ブレニムの民。人間達の間ではケンタウロスと呼ばれている。私はブレニムの戦士バイムト。族長の一人娘であるレティの護衛を務めている。王よ、我らは奪われた土地を取り戻すため、帝国とジェベル王国間の交易を妨害する目的で街道を行く商人から荷を奪っている。この馬車を襲ったのも、もう街道を使っての交易は出来ないと知らしめるためだ。この期に及んでは言い訳でしかないが、シンギフ王国なる新しい王国が出来たことは知らなかった。敵対するつもりはない」
バイムトと名乗るケンタウロスの青年は未だ弓から手を離さないレティから弓を取り上げ、力任せに弦を千切り敵意がないことを示す。
「敵対するつもりはない?随分都合がいいことを言うのね。王として名乗ったミナトに向かって族長の娘が射かけたことをどう釈明するつもり?」
「………そのことは族長に報告し、後日立場ある者を遣わして謝罪させてもらう」
「盗賊を生業にしている亜人を信じろって言うの?」
アルベラの亜人という言葉に一瞬にして敵意が膨らみ、ミナトは全身が泡立つような感覚を覚えた。
「ミナト、やっぱり盗人は盗人よ。少し煽られればすぐに本性を表す。駆除する他ないと思うけど」
アルベラの指先に紅い血だまりが生まれる。
「アルベラ、ボクは………」
「私が人質になるわ」
二人の会話にねじ込むような唐突な宣言。
「レティ、何を言っている」
「私達のことを信じられないのは当然だと思う。だから私が人質になる。族長の一人娘よ、不足はないでしょ?その代わり、残りの皆は解放して」
レティはそう言うと、首に巻いたスカーフ状の布切れで器用に自らの両手を縛り、ミナトに向かって突き出した。
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