フォルティノ街道
ゴドルフィン帝国とジェベル王国の国境沿いに広がる大森林を貫くように走る交易路フォルティノ街道は、王国の国防の要でもある要塞都市カロの存在により長らく安全を担保されていた。
帝国と王国の間では長い歴史において幾度も小競り合いが発生してきたが、互いの領地を奪い取るよりも交易による利益を求める者の方が遥かに多く、また大森林を根城とする多種多様な亜人部族という共通の潜在的な敵を持つことから、両国間の関係が致命的に悪化することはなかったのである。
故にしばしばカロの駐屯兵が亜人を追い帝国の国境を侵しても、帝国からは定型的な警告文が発せられるに留まり、また王国からは謝意として北部領の特産品である葡萄酒やオリーブ油が送られるのが通例となっていた。
このような事実を客観的に羅列すると、帝国と王国は共同して亜人を圧迫し、亜人は両国の圧力から逃れるように森に潜み隠れるといった単純な構図が思い浮かぶが、事はそう簡単ではない。
国境沿いに点在する亜人は主に3種に分かれる。
大森林から丘陵地帯に広く分布し最も強勢を誇る獣脚種、山岳地帯を生息域とする鳥翼種、そしてこの二種から逃れるように各地に隠れ住む兎人である。
この他にもルーナのようなナーガ、世界的に見れば亜人の中でも最も数の多い狼人や猫人などの獣牙種、ゴブリンなどの魔物も多く住んでおり、この雑多さが両国をもって国境地帯の掌握を諦めさせる原因となっていた。
帝国も王国も国境沿いは緩衝地帯と考え交易路や防衛地点といった点のみを確保し、また亜人も両国の都市を襲うことはなく、時に森や山の恵みを両国民と交易という形で分け合う事で共存してきたのである。
そういった関係から両国の実質的な勢力圏を図にすると、国境沿いはちょうど砂時計のような形を成しており、両国間を行き来する細い通り道こそがフォルティノ街道であり、その根元を抑えるようにカロやゼダーンが存在していた。
フォルティノ街道はそのままジェベル王国の交易都市カラムーンへと伸びていくのだが、物流の大動脈ともいえるこの街道はカロの消滅に伴い動脈硬化を起こし、物資という血が通わなくなった周辺都市は血の気を失い、今にもその生命活動を停止しようとしている。
フォルティノ街道の安全を確保し両国間の交易を復活させることは、国境沿いの領土を割譲されたシンギフ王国にとっても喫緊の課題であった。
「というのがアタシ達の置かれている立場なわけだけど、理解できたかしら」
アルベラの張りのある美しい声が天幕に響き渡るが、その問いかけに応える者はいない。
ミナトこそしきりに頷いているが、その隣ではデボラが大欠伸をし、リオはイドホリボルグの手入れに夢中になっており、エルムは当然分かっているという姿勢を崩さず、クームフェルドは所在なげにキョロキョロと周りの反応を窺い、ルーナに至ってはミナトのベッドの上でとぐろを巻き完全に眠りについている。
アルシェはそんな面々のために熱い紅茶をシャルロッテから貰った陶器のティーカップに注いでいくが、一同は無言であることの言い訳をするように何度も紅茶に口をつけ、いよいよ誰も発言をしようとする者はいなかった。
「はぁ、一応これって御前会議なのよね。どうしてウチの重臣連中はこうも国政に興味がないのかしら」
「だってだってだって、そんな難しいこと言われても何言えばいいか分かんないぞ!!」
「わたしも~。お昼寝で忙しいから、おわったら起こして~」
「要するに亜人共をぶちのめす必要があるってことだろ?しちめんどうくせえ理屈は忘れて、スカッと大暴れしようぜ!!」
「それなんですけど、ボクは亜人とは敵対したくないんです」
ミナトが遠慮がちに意見を述べると、天幕内がシンと静まり返る。
「待てよ、ミナト。今回の一件がギルドからの依頼だとすりゃ『交易路を襲う亜人の討伐』が目的だぜ?敵対せずにどうやって解決する気だよ」
「はなしあい~?」
「無駄に決まってるでしょ。だいたい亜人なんてのは単細胞で血の気が多いんだから、常に力で抑えつけておかないとすぐにやりたい放題よ」
「ひどいひどいひどい、そういうのは亜人差別だ、よくないぞ!!なぁ、ルーナ」
「そだね~、亜人にも私達みたいな穏やか系?もいるよ~。クーちゃんが亜人かどうかは要審議だけど~」
二人からの反論にエルムはぷくりと頬を膨らませ、何か言いなさいよと言わんばかりにミナトを睨みつける。
「ボクに考えがある。皆にも協力して貰うけど、亜人は絶対に殺さない。それだけは守って欲しいんだ」
ミナトは今度はハッキリとそう宣言すると、集まる視線に応えるように作戦を語り始めた。
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