ジェベルの女狐
「都市長、あのような大事、軽々に約して良いのですか」
ミナト達との会談を終えた二人は封を開けた酒瓶を空にする義務に目覚めたのか、応接室に残りそれぞれ手酌で酔いを加速させていた。
「まっ、なんとかなるだろ」
「なんとかなる………ですか。約定は書面に起こし双方保管となったわけですし、都市長として署名し印を押した以上、新興国相手とは言え下手な言い逃れは出来ませんよ」
マイヤーは酔いにより眉間の皺を一層深くし、半ば睨みつけながらロイエを問い質す。
「そうだな、あの可愛い顔した坊ちゃんだけならともかく、あの若い美人の姉ちゃんを誤魔化すのは骨が折れるだろうな………いや、ありゃ人と同じこと姿はしてたがエルフと似たような別種か。ともかく若作りの姉ちゃんが期日まで指定してきやがったし、逃げ道はねえ。帝都の犬どもに稼いだ金をばら撒いて、死ぬ気で引っ張り出すしかねえさ」
どこか他人事のように語る雇い主を前に、マイヤーはこめかみに手を当て顔をしかめる。
「彼らに交易路の確保が出来るとお思いなのですか?」
「出来るさ」
「都市長に冒険者を見る目までお有りとは思いませんでした。私の調べた限り、あの少年は先の出来事が起こるまでは一介の金等級冒険者に過ぎず、特筆すべき功績もありませんでした。それが六大魔公討伐の功により建国とは俄かには信じ難いのですが………」
切れ者を自認する長身の秘書は、自らの思考が酒により侵されていることを悟り、神経から酔いを追い出すように頭を激しく振った。
「まっ、まともな奴なら裏があると思うだろうな。だいたい俺は商人のお貴族様だ、あのお坊っちゃんが強えかどうかなんて分かんねえよ」
「根拠もない賭けをなさっているのですか。仮にも一国の王に依頼した以上、少々進捗が芳しくないからといって他の手段をもって交易路を確保するといった保険はかけられませんよ」
マイヤーはミナトとそのお付きの者達の容姿を思い浮かべる。
まだあどけなさの残る顔をした国王と、少女と呼んで差し支えない年頃の家臣。最大限配慮した物言いをすれば新興国らしい若さを感じさせる顔ぶれだということも出来るが、口さがない帝都の民が見れば子どものお遊びだと一蹴するだろう。
「勝算はあるさ。何の目的かは分からんが、ジェベルの女狐が飼い慣らしてんだ、あのお坊っちゃんに利用価値はあるのは間違いねえ。帝国との交易はジェベルにとっても旨味の大きい商い。今回の動きも当然一枚嚙んでると見るべきかもな………皇帝との会談だって、あの女狐の書いた筋書きかも知れねえぞ」
「一国の姫君に対しそのような不敬は………」
マイヤーは一貴族でありながらおおよそ身分というものに敬意を払わない雇い主の言葉に頭を抱えるとともに、自分自身も同様の考えを持ち始めていることに自己嫌悪に陥る。
「構いやしねえよ、あの女は自分の利益しか考えねえ。知ってるか、最近帝国の貴族とも随分書状の行き来が増えてるらしいぜ。表向きは途絶えた交易の再興のためって理由だが、裏で何を企んでんだか」
「噂によるとジェベルの北部貴族も何やら慌ただしく動き出しているようですね………。都市長はまた10年前のような事が起きるとお思いなのですか?」
ロイエは信頼する側近の問いかけを無視し、机に大事にしまいこんだヒュミドールから葉巻を一本取り出すと、先を切り落とし火をつける。
「ともかく俺に利用価値がある内はどんな悪態つこうが、あの薄気味悪いニヤケ面を崩さねえよ」
「不要と判断されたらどうなるのですか?」
マイヤーからの問いにロイエは口腔一杯にためた煙を吐き出し、自らの未来を自嘲するように笑った。
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