交易路
「試して悪かったな。近頃は印章やら書状の偽造も精巧になってよ。どこどこの大使やら、亡国の王族やら、怪しげな連中が次から次へと押し寄せて来てんだ。あんたらも身元を確かめてから宿まで頭を下げに行くつもりだったんだけどよぉ」
ロイエは小間使いの少年からひったくるように酒瓶を取り上げ、透明なグラスになみなみと注ぐ。
「まだ茶番を続けるつもり?シンプルにいきましょう。互いに何を欲し、何を差し出せるか。そもそもウチの面子と一々腹芸をしてたら、次の新月になっても話が進まないわよ。交易路が遮断されて資金繰りが苦しいんでしょ?」
「けっ、可愛げのねえ女だな、強ち間違ってねえのが余計に腹が立つぜ。俺らの状況は概ねあんたが言った通りだ。アルベラとかいう妄想と現実の区別のつかない糞っ垂れのせいで、商売あがったりよ。世界を滅ぼすってんなら、蠅みてえにうざったらしい亜人共から始末しろってんだ。………ちっ、我ながら愚痴っぽくて嫌んなるな。陛下よぉ、お姫様の言うにゃ、あんたがアルベラを封印したって話だが本当か?毎日雨後の筍みてえに生えてくる嘘くせえ儲け話より、よっぽど胡散くせえぞ」
ロイエは琥珀色の液体を一気に喉に流し込むと、テーブルに置かれたもう一つのグラスを酒で満たし、ミナトに突き出す。
「都市長、流石に不敬が過ぎます。申し訳ありません、たとえ腹を割ろうとも中から出てくるのはどす黒い欲望ばかりで、口から溢れる言葉の品が良くなるわけではないのです」
マイヤーは利かん気の子どもを見つめるような眼差しをロイエに向ける。
「気品で金が稼げるか。俺が扱うのは商品だ、金にもならねえ品なんざ、そこらのゴミ貴族の尻にでも突っ込んどきゃいいんだよ。で、真実はどうなんだい、陛下」
「えっと、色々と、本当に色々とあったんですけど、ボクがアルベラを封印したのは事実です。実力というよりかは運と仲間のおかげですけど………」
ミナトは差し出されたグラスに口をつけ、恐る恐る液体の表面を舌で舐めると、脳にガツンと来る激しいアルコール臭に舌を引っ込めた。
「そうかい、つまり腕が立つってのは間違いないんだな。それなら話は早え。俺らが干上がってんのは、他でもねえ、ジェベル王国の要塞都市カロが灰になっちまったせいだ。あれ以来、亜人共が我が物顔で街道を荒らし回ってやがる。最初のうちは遠慮がちに小規模な行商相手に通行料をせしめてたのが、半月もしねえうちに荷を半分ゆするようになって、今じゃどんだけ大規模な隊商だろうが見つけ次第襲って全かっぱぎよ。殺しはやらんねえのが救いだが、それもいつまで持つかは分からねえ」
「何よそれ、帝国はやり放題されて黙って指を咥えてるわけ!?ご自慢の軍隊で懲らしめればいいじゃない」
「ガキの考えだな」
ククッという押し殺した笑い声が漏れる。
「なっ、神代のエルフたる私を馬鹿にする気!?」
「六大魔公だか何だか知らねえが、とんでもねえ化け物が国境沿いに現れたのにビビってたら、運よくジェベル側に侵攻したって事でほくそ笑んでるところなのに、わざわざ亜人退治なんぞして火中の栗を拾いに行くようなバカがいるわけねえだろ」
「んっ、アルベラはミナトが封印したって話をしたばっか。髪と一緒に記憶も抜け落ちる系?」
「てめえ、ふざけたこと言ってると口を縫い合わすぞ!!アルベラが封印されたなんて話は、帝国内じゃジェベルが必死こいてばら撒いてる虚報だって思われてんだよ。あんたらの国だってそうだ。シンギス王国だっけか?」
「シンギフ王国です」
マイヤーは時間が経つにつれ急速に赤ら顔になっていく雇い主からグラスを取り上げ、水を手渡す。
「おう、そうだ、それよ。シンギフ王国って怪しい名前の国が出来たのだって、ジェベル国内がアルベラのせいでボロボロなのを誤魔化すためのデマだってのが情報通の見解よ。どちらにしろ帝国としちゃゼダーンが干上がる程度の犠牲で正確な情勢がわかるなら、下手なリスクを冒す必要がねえって判断だ」
「あら、見捨てられちゃったのね」
「忌々しいが、その通りだ。まっ、その考えは間違ってねえと思うがな。俺が帝都のお偉方だとしてもゼダーンを切り捨てる方向で算盤を弾くぜ。海運で食ってる奴等がゼダーンを捨て駒にするよう働きかけてるみてえだしな。成り上がり者はいつでも嫌われるもんよ」
「都市長が特別煙たがられているという側面もありますが」
マイヤーは感傷的になるロイエに対し、相槌を打つふりをしながら都市長がという言葉を強調する。
「ただ俺らも黙って切り捨てられるわけにはいかねえ。あんたらも俺らを利用できると思って来たんだろ?俺らもあんたらを利用させて貰うぜ。手段は問わねえ、亜人共を追っ払って交易路の安全を確保してくれ。そうすればあんたらの欲しい物を好きなだけやるぜ」
ロイエの半ばやけくそ気味な依頼にアルベラは満足げに頬を緩ませた。
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