虚々実々
「本日は遠方より陛下御自らお越しいただき、誠にありがとうございます。私はゼダーン都市長ロイエの秘書を務めておりますマイヤーと申します。以後お見知りおきを」
「シンギフ国王ミナトです。こちらの3人は仲間………家臣なのですが、会合の場に加わっても大丈夫でしょうか」
「勿論です。ただいま陛下をお招きしても支障ないよう応接室を整えておりますので、準備が終わるまでこちらでお寛ぎください」
マイヤーは丁寧な、しかしこちらに反論の余地を与えない隙の無い口調でそう言うと、こちらに向け深々と一礼し部屋を後にする。
ミナトが所在なげに椅子に何度も座り直していると、その様子に気づいたのか小間使いの少年がシルバーポット一杯に満たされた温かい紅茶をカップに注いでいく。
瞬間、狭い待合室に華やかな茶葉の匂いが広がり、ミナトは思わず鼻腔を広げ、心地よい香りに身を委ねた。
「おもてなし感謝するわ。先ほどの秘書にも、よろしく伝えておいて」
アルベラは給仕を終えた少年に数枚の金貨を渡すと、少年はその輝きに目を白黒させながら地につくかと思うほど勢いよく頭を下げ、何度も礼をしながら部屋を出ていった。
「ふぅ………まだ何も話してないのに、もう緊張でヘトヘトだよ」
「切れ者っぽい秘書。腐人気が凄そう。でもこの世界に秘書がいるの違和感」
「また訳の分からないことを、秘書くらい何処の国にだっているでしょ。ただ物腰は穏やかだけど、慇懃無礼で油断ならないタイプね。アタシ達の立ち振る舞いから身なりまで、事細かに観察していたわ」
「ふんっ、相手にとって甚だ不足だけど、あんまりにも簡単に物事が進みすぎるのはつまらないものね。多少なりとも歯ごたえがないと」
一行はめいめいに感想を述べると、紅茶に口をつける。
しばし訪れた静寂をコンコンというノックの音が破る。
「大変お待たせ致しました、ご案内いたします」
ミナトは飲みかけの紅茶をテーブルに戻し、音もなく歩き出すマイヤーの後をついて行く。
「こちらです。先に謝罪いたしますが、都市長は少々礼に欠ける所があり、また率直な物言いを好みます。しかし、それは互いの利益を最も高めようする商人としての矜持に基づくものと、ご理解いただけますと幸いです。それでは………シンギフ王国、国王ミナト陛下御入来」
マイヤーの声に反応するように分厚い扉が左右に開く。
応接室には腹部にでっぷりとした脂肪を蓄えた人相の悪い中年男性が、ソファーに半ば寝転がるように深く身体を沈めながらミナト達を手招きする。
「おいっ、ボッーと突っ立って何してんだ。中に入ったからって取って食いやしねえよ。まぁ、座んな」
男は革張りの高級ソファーの背もたれをバンバンと力任せに叩き、座るよう促す。
ミナトは一代貴族とはいえ子爵の爵位を有する都市長の予想もしていなかった態度に呆気に取られ、意味もなく頭を下げるとそろそろと腰掛ける。
「で、何の用だ」
「あ、えっと、この度は急な来訪にも関わらず、快く話し合いの場を設けて頂き………」
前置きも敬意もない不躾な問いかけに、ミナトは反射的に事前に練っておいた挨拶文をトレースするように言葉を紡ぐ。
「まずはコチラを」
狼狽えるミナトの隣でソファーに深く腰掛けたアルベラが、一枚の書状を差し出す。
「拝見いたします。………こちらはジェベル王国第一王女クレブレール侯の印に相違ありません」
「あの嬢ちゃんのお使いってとこか、ご苦労なこって」
都市長はこのやり取り自体に興味がないのか、テーブルに置かれたパイプを持ち上げると、大きく吸い込みミナト達に吹きかけるように煙を吐き出す。
「あ、貴方、礼というものを知らないの!?一国の王に対し名乗りもせずに好き勝手して!!」
「王だぁ?オレはまだ名乗られてもねえよ」
「も、申し遅れました。シンギフ王国の国王ミナトと申します。こちらの3人は………」
「ロイエだ。知ってるから来たんだろうが、ゼダーンの都市長ってやつだな。俺は実はねえのに長ったらしいだけの話が大嫌えなんだよ。お前さん方は何が欲しい、俺らに何をくれんだ。それだけ答えな」
ギラリと睨みつけるロイエの眼光に、ミナトはただ息を飲むことしか出来なかった。




