悪魔の本質
「誤解って怖いわね」
「本当にね!!」
拘束から解き放たれたミナトは語気を強める。
「もう、怒らないでよ、何でもするから許して。………ほら、さっきの続きがしたいならいつだって相手するから。魔法でどんな衣装にも着替えられるし、好きな形で楽しめるわよ」
「何でも?………いや、そんな罠には引っかからないからね!!」
「あと少し押せばいけそうな雰囲気しかないけど。とりあえずお詫びに傷を治すわ。見せて」
ミナトが視線を合わせることなくぶっきらぼうに傷を見せると、肌が擦れ血が滲む手首をアルベラがどこからか取り出した真紅の布で覆い、数秒後に布が取り払われると既に傷は跡形もなく消え去っていた。
「凄い………これも幻術?」
「違うわよ、ちょっと凝った演出の治癒魔法。ところで、アタシに話したかった事ってなに。大事なことなんでしょ」
「シャルロッテに言われたんだ、言葉によって『理』と『利』を示さないと人は動かないって」
ミナトはシャルロッテとの会話を脳裏に思い浮かべる。
「道理ね。欲求の種類や多寡はあるにしろ、誰もが自分自身が渇望する物を得るために生きているもの。金、愛、信仰、求めるものは違えど、相手の欲する物を見抜く力と与える力、それが為政者としての権力の源泉なのは間違いないわ」
「それなら、シンギフ王国は誰に何を与えられるのかな。ボク達は生きるために食糧を必要としている。食の問題が収まれば安全を、安全を確保すれば娯楽を、シンギフ王国が大きくなるにつれて様々な欲求に応える必要が出てくる、それは何となくイメージ出来るんだ。だけど、ボク達が必要としている食糧や安全、娯楽を得るために他者に何を対価として示せるのか、それが分からなくて………。シャルロッテは商人が欲するのは目に見える商品だけじゃないって教えてくれたんだ。金貨や宝石よりも商人が欲するもの、それを材料とすれば相手はきっと交渉のテーブルに着くって」
高度に文明化された現代からの転生者であるミナトにとっては、何かを得るためには対価として金銭を支払わなければならないという固定観念が存在している。
コンビニで買い物をするなら、セキュリティーシステムを契約するなら、テーマパークで遊びたいなら………現代の価値観に置き換えて考えていくと、行きつく先は必ず金銭による支払いという結論であり、異世界に転生してから幾度となく繰り返してきた物々交換ですら未だ馴染めていない自分に気づかされていた。
「それで悪魔のアタシに頼ったってこと?本当に大丈夫?悪魔にとって人の苦しみは何よりの愉悦。国を傾け、この世の地獄を作るために手間を惜しまない暇人だっているのよ。そんな悪魔を奴隷代わりに使役するならともかく、国政に携わらせて自由に意見を述べさせるなんて正気の沙汰とは思えないわ。もしアタシが答えたとして、それをそのまま信じる気?」
アルベラの発言には嘲笑よりも困惑の色が多分に含まれているように感じられた。
「信じるよ。現にボクがいない間、王都を整備してくれたじゃないか。アルベラはボクに力を貸してくれる。悪魔が契約に従う存在なら、ボクとの約束は守ってくれるはずだ。だから信じる」
「いちおう契約の話は覚えてるのね。だけど、それも苦し紛れの嘘かもしれないわよ。子猫のように無垢な表情で取り入って、虎狼のように牙を剥く。それが悪魔の本質。ミナトが知ったつもりになってるアタシの姿は全部まやかしで、裏切るタイミングを窺っているだけかもしれないのに」
「それでも信じるよ。言っただろ、ボクは結構人を見る目があるんだ」
ミナトは屈託のない笑顔を見せる。
「アタシは悪魔だけどね。………分かったわ、話半分に聞いて頂戴。シンギフ王国が対価として差し出せるものは建国このかた只一つ。『武力』そしてそれによってもたらされる『安全』。これが唯一無二の存在理由よ。端的に言えば、シンギフ王国は国境の安全を売ることで、ジェベル王国から対価として食料や金銀を受け取っているの」
「そっか、ジェベル王国はお金を支払って、シンギフ王国というボディーガードを雇ってるのか。シンギフ王国が破綻すると国境の安全が脅かされるからが支援してくれてるって考えると、話のスケールが大きくなりすぎて頭が理解を拒んじゃうけど、サービスを買うって発想なら分かるよ」
「そこまで来れば商人が何を欲するか、見えてくるんじゃない?シンギフ王国の武力で守って欲しい彼らが必要な『安全』、それを鼻先にチラつかせればお姫様が言う通り、乗ってくるかもしれないわ」
「商人にとって一番重要なのは、安全に商売が出来る環境だよね。行き来する品の数が多ければ多いほど商人は儲かる………ありがとう、ようやく見えてきた気がする。アルベラ、もう一つ頼まれて欲しいんだけど………」
ミナトが耳打ちをすると、アルベラは少し意外そうな表情を浮かべたあと、ゆっくりと頷いた。
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