たゆたえども沈まず
「あれはそういう意味でしたの!?」
何度目かのオーバーリアクションにミナトは照れ笑いを浮かべる。
「ゴメンね、ボクが止められればよかったんだけど、皆があんまりにも自信満々だったから、ついつい………」
「いえ、真意をお教え頂いただけで心を覆っていた霧が晴れ渡ったような爽快な気分ですわ。本当に良かったです、料理長もお食事が口に合わなかったのかと沈み込んでおりましたが、一口だけ食べて残すというテーブルマナーが他国にはあるのだと伝えればきっと喜びますの」
「いや、多分そんなマナーないと思う………あとボクも知ってる知識を総動員してグラス割っちゃったけど、あれ多分間違ってたと思うんだ、ゴメン!!」
ミナトはシャルロッテに握られている手を逆に握り返し、深々と頭を下げる。
「もうっ、本当に驚いたのですからね。もう二度とあんなことしないで下さいませ」
「うぅ、本当にゴメンね」
うなだれるミナトの姿を見て、シャルロッテが悪戯を思いついた子どものようにニンマリと口角をあげる。
「そうですわね、お詫びに今度ワタクシのお願いを一つ聞いて頂きますわ」
「うん、ボクに出来ることなら何でも言って………あれ、この流れ既視感が………」
「ふふふっ、もう遅いですわ。約束ですからね、国家間の盟約です」
「そんなぁ。はぁ、だんだん分かってきたよ、王様って想像以上に大変だってこと。迂闊なことを言うもんじゃないね」
「ええ、大変なのです、為政者は。フフフッ」
シャルロッテは落ち込むミナトに先輩風を吹かすようにわざと威厳たっぷりに言い、自分でもその滑稽さに堪えきれず吹き出す。
「もう、笑わないでよ………ハハハハハッ」
つられるようにミナトが笑う。
重なる笑い声は一呼吸ごとに勢いを増し、口を抑えていたシャルロッテの手はいつの間にか腹部に当てられていた。
強固な城壁と冷たい大理石の床に囲まれたこの一室には国王も王女もおらず、ただ世界に翻弄されながらも笑顔を失わない二人の子どもがいた。
どれだけ時間が経っただろう、笑い声は既に収まり、二人の顔は駆け出しの王と生まれながらの王女のものへと戻っていた。
「シャルロッテ、教えて欲しいことがあるんだ。シンギフ王国には国民を食べさせていけるだけの十分な食料がないんだ。元は自活できていた土地だから、時間をかければ国内で賄うことは出来ると思うけど、すぐには無理だ。だけど、食料と交換できるようなお金も、お金を生み出すための産業もない」
「ですからこそ、ワタクシは………ジェベル王国は支援を惜しみません。ミナト様は国境沿いの村に残っている民がシンギフ王国を知り、王都を目指した場合それに対応できないと心配されているのでしょうが、心配には及びません。国民が万を超えたとしても、支えるだけの用意が我が国にはあります。もし照明が必要なら、国王に掛け合って国書としてしたためることも可能ですわ」
「ありがとう………でも違うんだ。シャルロッテの手助けは嬉しいし、ボク達が支援なしでやっていけないことは知ってる。本当に言葉に出来ないくらい感謝してる。だけど、いつまでもそれだけに甘えていたら、ボク達は助けられることに慣れてしまうと思うんだ。シンギフ王国の存在自体がジェベル王国の利益になっているって理屈は理解できても、その関係に浸りきったら、いつしか自分で何も考えられなくなる」
「………つまり、ジェベルの属国になってしまうと」
シャルロッテの怜悧な問いにミナトは一瞬怯むが、すぐに首を横に振る。
「違うよ。ボクは助け合いたいんだ。大言壮語なのは分かってるけど、シンギフ王国が助けられているように、いつかジェベル王国が国難に見舞われたとき、それを傍観するんじゃなくて助けられる存在になりたい。国民がともに手を取って一つの国を作っていくように、二つの国が手を取りあって支えあっていきたい。それを大陸中に、世界中に広げていきたい。そんな関係になるには、やれることは自分でやらなきゃダメな気がするんだ。ボクにはそれをやる力も、考える頭脳もないけど、きっとジェベルを助けられるような国にしてみせる。だから今シャルロッテに教えて欲しいんだ」
「………妄言だと切って捨てることも、詭弁だと嗤うことも出来るお言葉です。助けられる国になるため、ワタクシに借りをお作りになる。しかも、食料支援という形でないだけで、他国の王女の知恵を求めるのであれば、結局は頼りきりの構造に変わりはありません。ミナト様の仰っていることは空虚で、理念ばかり先走り、内実がございません。まるでシンギフ王国そのもののように」
重苦しい沈黙が場を包む。
数分前まで一緒に笑いあっていたシャルロッテが、ミナトにはとても遠い存在に思えた。
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