乾杯は煌きと共に
「ふふっ、お待たせいたしました。グラスに入っておりますのは、ジェベルの南部で作られたシャンパンでございます。軽やかな口当たりで女性にも好まれていますのよ。ぜひご賞味ください」
チンッ
ホストによる食前酒の説明が終わるのを待っていたかのように、再び硬質な音が鳴り響く。
発信源はリオ、そしてミナト。
二人が同時に己が知るマナーを披露せんと、先手必勝と言わんばかりにグラスを鳴らすが、先にリオが立ち上がり一歩前に歩み出てテーブルにぶつかる。
カトラリーが震えカチカチという音が交錯するなか、リオはグラス片手に無表情で前を見据える。
「ど、どうなさいましたか、リオ様。お酒が苦手なようでしたら、他の物に取り替えさせますが………」
「ルネッサーーーーーンスっ」
リオが普段と同じ声、普段と同じ声色、普段と同じテンションで、やや間延びした掛け声をあげる。
沈黙。
圧倒的沈黙。
給仕は自らの表情を悟られぬよう俯き顔を隠し、シャルロッテは誰がどのような行動を取っても即応できるよう、ミナト達の挙動を見逃さまないと視線を忙しく動かす。
「…………ルネッサーン」
ガタッ
返礼として自分が続くべきか迷っていたシャルロッテが意を決し蚊の鳴くような声で呟くが、その僅かな勇気を塗りつぶすような勢いで突如ミナトが立ち上がる。
そしてミナトの行動を待っていたかのようにアルシェが、キョロキョロと周囲の反応を気にしながらエルムが続き、一呼吸おいてからシャルロッテが優雅に、動揺していないと自らに言い聞かすが如く立ちあがる。
ミナトが手を天に突き上げるようにグラスを最上段に構えると、その場にいる全員が見よう見まねでそれに倣う。
(なぜリオ様が口火を切ったのか分かりませんでしたが、ここで唱和するための先触れだったのですね)
リオの意図をようやく理解できた気がしたのか、シャルロッテは僅かに緩んだ口元を気取られないようミナトの口の動きに合わせ声を発する。
「ルネッ………」
「プロージット!!」
刹那、シャルロッテの和やかな声音を一刀両断するかのような雄々しい掛け声がミナトから発せられ、頭上に掲げられたグラスは激しく床に叩きつけられた。
美しい装飾の施された芸術品のようなグラスは粉々に砕け散り、破片が宙を舞う。
「プロージット!!」
数秒遅れて叩きつけられる3つのグラス。
部屋を覆う反響が静まると、8つの視線がシャルロッテに突き刺さる。
「…………プ、プロージット」
砕け散り、中身の酒ごと無惨に床に散らばったガラス片が瞳を反射し、見る者を睨みつける。
シャルロッテは自らの視線から逃げるように座りなおし、給仕に破片の片付けと新しい飲み物のサーブを命じた。
ニヤリ
粘着質な笑みをミナトから向けられ、シャルロッテは引き攣った笑みを浮かべる。
「………フローネ、ワタクシ怖いですわ。異国では出陣に際し、不退転の覚悟を示すためグラスを割るという風習があるとは聞き及んでいますが、この行動には一体どのような意図が!?」
「ご安心ください、私も怖いです。こうなったら相手の真意など考えず、起こった事に感性のままご対応ください。それと今後は給仕のタイミングであっても、私に話しかけるのはやめた方がいいかと。みなさま異様な目つきでシャルロッテ様の一挙手一投足を凝視されておりますので」
シャルロッテは大きく一つ深呼吸をすると、自らに集まる視線を丁重に無視し、ホストとしての役目を務めあげるべく次なる料理説明を行う。
少し間をおいて、テーブルに前菜が運ばれる。
その間、シャルロッテとミナト達に会話は一切なく、双方の面持ちは会食の場とは思えないほど強張っている。
チンッ
取り換えられた真新しいグラスを弾く硬い音が三度空気を揺らす。
それは開戦を告げる鬨の声のように、猛々しくもどこか悲壮感を纏っていた。
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