魔宴を語るは賢者か愚者か
十数人は同時に食事が取れるであろう会食場に、上着を脱ぎ軽装となったシャルロッテとミナト達が着座する。
磨き抜かれ白い光沢を帯びた長机に対面する形でホストであるシャルロッテと主賓であるミナトが腰掛け、リオ、アルシェ、エルムはミナトの両脇に控えるように陣取っている。
「好都合です。これだけ距離があれば、給仕の音に紛れることで敵に気づかれずに最低限の会話は出来そうです」
「うん、敵じゃないからね」
ミナトは唇を動かすことなく応じる。
確かにアルシェが言うように、給仕のタイミングに乗じる形であればシャルロッテに気づかれることなく一言二言交わすことは可能だろう。
「皆様、大変お待たせ致しました。これより当家のシェフが腕によりをかけた料理が参りますので、心ゆくまでご堪能ください」
シャルロッテが幾分緊張したような声色で会食の始まりを告げると、給仕により小さなスープ皿に入った透明な液体がテーブルに置かれる。
ミナトは給仕達が奏でる心地の良い食器の音に隠れるように、傍に控えるアルシェに小声で話しかける。
「さっき部屋に入ってきた時、シャルロッテがドレスを着てたような気がするんだけど………」
「ふふん、どうせ私達がやまだしの田舎者だと高を括って、冷やかすつもりでドレスを着こんできたんでしょ。甘いわね、そっちの考えなんてお見通しよ」
「エルム様の仰る通りです。『ヒラヒラがつきまくったドレスで食事してるのに何でお貴族様は汚さねえで食えると思う?簡単だ、飯の時は脱ぐからだよ』デボラ様の教えの通りです。最初はドレスを着てきたあたり、私達は軽く見られているか、それとも何かの罠だったのか………相手の動きを逐一観察し、機先を制す必要がありそうですね」
「うん、それは良いんだけどさ、心なしか給仕のひとの視線が痛いような………」
給仕達はなるべくミナト達を視野に入れないようにしつつも、好奇心に駆られるように食事をサーブする機にチラチラと見る。
「尊敬の眼差しですね。もしくは我々は侮られていたのかもしれません。冒険者あがりの王と臣下はマナーを知らないだろうと。しかし、シャルロッテ様を御姿を見れば分かる通り、これがジェベル式の正式な作法である事は確定的に明らか。シンギフ王国の勝利です」
「そうよ、マナーとは戦争、先に失敗した人間を吊るし上げるための魔宴。敗者から死ぬのは戦場では当然の習わし。最後まで生き残るのはジェベルかシンギフか………生死を賭けたバトル、嫌いじゃないわ」
給仕がスープ皿を並べ終えるとシャルロッテが再び口を開く。
「ふふっ、最初にスープが登場し驚かれましたか?ご存知の通り、正式なジェベル式の宮廷料理としては、食前酒小前菜前菜、スープと進んでいきますが、本日は肌寒いことですし、身体を温めるため初めに提供させて頂きました。勝手に作法を変えるのはホストとして少しお行儀が悪いかもしれませんが、今日はマナーに囚われず楽しい会食に出来ればと思います。さぁ、冷めないうちにスープをお召し上がりください」
「じゃあ、頂きま………」
チンッ
爪でグラスを弾く硬質な音色が響き、ミナトはスプーンを持つ手を止める。
横目で音のなった方向をチラリと見ると、そこにはスープを仇敵かのように睨みつけるアルシェが視界に収まる。
「アルシェ、どうしたの」
ミナトが自分自身も聞こえるか聞こえないか程度の音量で問いかける。
次の瞬間、ミナトは思わず声を失うような光景を目にした。
パシャ………パシャパシャ
食事の場には相応しくない奇怪な音は、アルシェから発せられていた。
白く長い指がスープ皿の中で踊り、その度にパシャパシャと子どもが水遊びをするような楽し気な音色が反響する。
「えっ………」
誰が発したかすら分からない、驚きとも悲鳴ともとれる小さな叫び。
しかし、最早開戦を告げる鐘の音は鳴ったのだ。
アルシェが先陣を切った以上、残る三人はそれに続くより他に手立てはなく、それは数分前に交わされた呪いにも似た誓いであった。
パシャパシャパシャ
四人が一斉にスープで指先を洗いだすと、シャルロッテは救いを求めるように隣に立つフローネに一度視線を送り、彼女が頷くとの確認すると全てを諦めたかのように熱々のスープに指先を浸した。
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