決着
今回はちょっと長くなりましたが、こういうシーンは書いてて楽しいですね。
アルベラの甘い言葉に、リオはチラチラとミナトに視線を送る。先ほどまでの超然とした態度は消えさり、その目は泳ぎ額には汗がにじんでいる。
「えっ、待って。あの、ひょっとして、迷ってる?」
暇を持て余したインコのように、コクコクと頭部を高速で前後させるリオ。
「いや、ダメだからねっ!?明らかに苦し紛れだし、罠だし、嘘だから!!」
「嘘………なの?」
「う、嘘じゃないわ。悪魔は契約を尊ぶ種族。口約束でも契約は順守するの。いきなりの事でミナトは動揺してるのよ、そうでしょ?そうだ、まだ足りないというなら、世界の半分をあげてもいいわ。とても良い話だと思わない?」
「世界の半分………四捨五入すれば世界は全部ミナトの物………理想的………Win-Win関係………」
「いや、その理屈はおかしいから!!勝ってるのはボク達とアルベラだけで、他の人達はみんな大負けだよ!!」
「………ひょっとして、ミナトは反対?」
「もちろん反対だから!!騙されちゃダメだ!!」
「んっ、なら交渉決裂」
「バカね、最大のチャンスをみすみす逃すなんて。後悔するわよ。それで、どうする気?このまま貴方が飢えて死ぬまで、ワタシの上に乗ってるつもり?」
アルベラの勝ち誇った笑みからは、先ほどまでの動揺は微塵も感じられない。
リオは腕を組んで、如何にも悩んでますというポーズを取ると、これまた何かを思いつきましたと言わんばかりにポンと手を打って、腰につけたポシェットから鈍い銀色の輝きを帯びた棒状の物体を取り出した。
「それはまさか神器!?」
ミナトの問いにリオはブルブルと首を横に振る。
「糸鋸………聖イトノコボルグ」
「カッコよく言い直した!!ただの糸のこぎりだよね、それ!!」
「夫婦漫才やめて貰える?いちおう聞いておくけど、まさかそれでワタシをどうこうしようと思ってるわけじゃないわよね」
リオは疑問に答えることなく、アルベラの角を握り糸鋸をそえる。
「無駄よ」
断言する言葉を合図にするように、リオはギコギコと糸鋸を動かしだした。
10秒、20秒、30秒………1分、2分、3分…やがて10分ほどの時間が過ぎる。
「まだやる気?無駄だって言ってるでしょ、さっさと諦めなさい」
「………そろそろ」
「はぁ?バカなこと言って………」
カリッ
低く、小さく、微かに、けれど確かに聞こえる何かが擦れる音。
カリッカリッ
その僅かな響きは、時を経るごとに少しずつ大きく、頻度も多くなっていく。
コリッ
明確に何かが削れる、悲鳴のような不快な音が響き渡る。
同時に角からパラパラと粉状の物体が剥がれ落ち、アルベラの顔が青ざめる。
「んっ、やっぱりいける」
糸鋸がより激しく前後し、美しい光沢を有する角には、ミナトの目にも視認できるほどの切れ込みが生じている。
「い、いいわ、ワタシが貴方達の下についてあげる。それなら良いでしょ?ねっ、ねっ?」
コリッコリッコリッコリッ
硬い外皮が削れていく恐怖が、角の内側奥深くに守られた神経を通して頭蓋骨にまで響く。
身体の中から神経を取り出されていくような感覚に、アルベラの口調は交渉から懇願へと変容していった。
「ミナトの言うこと何でも聞く?ハーレムに入る?」
「そ、それは………」
曖昧な返答に、角を握る手に再び力がこもる。
「き、聞くわ!!ミナトの言うことなら何でも聞くから!!ハーレムにも入る!!入れてください、入らせていただきますぅ!!」
アルベラの懇願はいつしか哀願へと変わり果て、赦しを乞うように媚びた瞳には、最早六大魔公としての矜持は何処にも存在しなかった。
ゴリッ
アルベラの身体から力が抜けた瞬間、角の中心部を通る神経が微細な振動を捉え、何百年ぶりの痛みが肉体を駆け巡る。
「えっ、言うこと聞くって、ハーレム入るって………………痛いっ!!痛いのっ!!!!言うこと聞きます、なんでもします!!だから、もうやめてぇ!!!」
ゴリッゴリッ
「あああああああっ!!!!い゛た゛い゛って言ってるだろうがぁ!!!!!なんでぇ!?なんで、やめでく゛れ゛な゛い゛の゛ぉ!!!!」
リオが涙と鼻水でグシャグシャになったアルベラを一瞥する。
「………職人魂?中途半端な切れ込みは美しくない。やるなら完璧を目指すべき」
次の瞬間、リオの腕が更に激しく前後し、弦を弾いたヴァイオリンが音を奏でるように、アルベラの角がゴリゴリと悲鳴のような音をあげる。
「やめでぇええええええっ!!!!いだいっ!!い゛だい゛のお゛おあおおおっ!!!!やめてぐだざい、もうっ、もうっ、なんでもずるからぁ!!!そこっ、そこはらめぇ!!!!ああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」
アルベラの哀願は絶叫に変わり、そして獣の咆哮となり、やがて壊れかけの機械が鳴らすような奇怪な不協和音の塊となり、側にいるミナトの心をも削った。
口からはとめどなく涎が垂れ、美しく整った顔は涙と鼻水の沼に沈み、抽象画のように限界を超えて歪んだ表情からは、最早その美醜を判別する事すら至難となっている。
細く嫋やかな肢体は、角を削られる度に殺虫剤をかけられた虫のように、ビクンビクンと激しく跳ねる。
ゴリッ、ゴリッ、ズリッ
これまでの硬質な響きとは異なる、湿り気を帯びた音がミナトの鼓膜を震わせる。
それは明らかに超えてはならない最後の一線を超えた、柔らかで繊細な生命そのものを削る音だ。
「ン゛ア゛ッーーーーーーー!!!!!!!ア゛ウ゛ンンンンンンンンンッ!!!!!!オンンッン゛゛゛………………………」
次の瞬間、身体が生命を吐き出したかのように、もしくは絶頂に達したかのように一度、二度、三度とピンッと硬直すると、数秒後には一転して全ての筋肉から力が抜け落ち、同時に下からとめどなく液体が溢れ乾いた大地に染み込んでいった。
「リ、リオ?」
「んっ、出来た………ちょっと修正」
リオはミナトの問いかけに気づかないのか、何度も様々な方向から出来映えを確かめ、根元で切り取られた2本の角の生え際をヤスリで磨き上げる。
既にアルベラはなんの反応も示さず、数分前まで圧倒的な強者のオーラを纏っていた肉体は、築地に並べられたマグロの如く弛緩している。
「倒した………アルベラを倒せたんだ………リオ、ありがとぅ………」
救われた安堵感と戦闘の疲れがミナトから言葉を奪い、わずかに残った意識は薄くぼんやりとしたベールに覆われていく。
ミナトが最後に見たもの、それはどこか悲しそうなリオの横顔だった。
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