一触即発
「いま着いた。早足で歩いたら意外と近かった。これはお土産」
「早足で歩いたらって、これでもオレらはお荷物ありとは言え、馬で帰ってきたんだぜ。相変わらず、どんな身体能力してんだよ」
デボラは隣に立つ桃色の髪を持った小柄な少女の頭をポンポンと掌で叩く。
「誰がお荷物よ!!」
エルムは自分の顔よりも大きな掌を両手でつかみ払いのけると、子犬が威嚇するようなキャンキャンとした声をあげる。
「おっ、どうやら皮肉は通じるらしいな」
「智者は愚者に合わせることも出来るの。そんなことより、神代のエルフがこんな盗賊団の野営所みたいな国に仕えてると知れたら一大事だわ。すぐに国を大きく出来ないようなら、すぐに出奔するからね」
エルムは意図的にデボラの存在を無視するようにその場を離れると、ミナト脇腹を杖で小突きながら脅しとも取れる厳しい口調で宣告する。
「出奔たぁ、お子様の癖に難しい言い回しを知ってるじゃねえか」
「貴方こそ、無駄に身体が大きいから脳みそまで栄養が回ってないと思ったら、最低限の知性はあるみたいで安心したわ」
デボラとエルムが共に眉間に皺を寄せ、互いに掴みかからんばかりの勢いで睨み合う。
本人たちの認識では一触即発といった危険な雰囲気を醸し出していると思われるが、3メートルを超えるデボラと、どう贔屓目に見積もってもその半分に満たないエルムでは、そもそも近距離で視線を合わせること自体が困難であり、二人が本気で睨み合うほど、滑稽さのみが際立つ始末であった。
「んっ、争いは同じレベルの者同士でしか発生しない。仲が良くて何より」
「ははっ、エルムが馴染んでくれたみたいで良かった。リオ、ありがとう、書物にばっかに気を取られてたけど、せっかく竜を倒したのに戦利品を忘れるとか、冒険者失格の烙印を押される所だったよ」
ミナトが言うように、竜鱗や竜牙は多くの冒険者にとって垂涎の的とも言える最高の戦利品であった。
竜鱗や竜牙は硬く、軽く、耐久性に優れ、竜の位によっては一般に神の加護と呼ばれる様々な耐性までも備えている。
武器から防具、マジックアイテム、工芸品に祭具まで幅広い用途に活用され、流通量の少なさに比して需要が旺盛なことから、金貨と同等の価値を持つ貨幣として用いられる国もあるほどの希少さを誇っている。
そして、何より竜鱗は冒険者であれば誰もが憧れる『ドラゴンスレイヤー』の称号を得るために必須であり、実際竜鱗級冒険者は自らが倒した竜の鱗を加工し、識別票としている。
今回ミナト達は竜、それも緑竜どころか、老竜を超える存在を打ち倒したことから、王都の冒険者ギルドに竜鱗や竜牙とともに功績を申告すれば、竜鱗級冒険者としての栄誉を浴することが出来るだろう。
「せっかくだ、箔付けのために王都のギルドに申請してみるか?オレとしても、竜鱗級冒険者に匹敵するっていう評され方は、気に喰わなかったんだ。どうだ、国王と国一番の戦士が竜鱗級なんざ、なかなかねえぞ」
「一国の王が他国の冒険者ギルドに評価されて喜んでてどうするのよ。だいたいミナトは六大魔公を封印した神託の勇者なのよ。今さら竜鱗級なんて小さな物差しは不要よ。それにしても、小鬼狩りに行ったかと思えば、竜鱗をお土産に持ち帰るとか、本当に色々あったみたいね。荷物はこっちで運んでおくから、ミナトは天幕で休んでて。………………あとアルシェが貴方が帰ってこないって、ほとんど寝ずに待ってたのよ。後から声をかけてあげた方がいいかもね」
アルベラは小声で耳打ちをすると、ミナトの鼻をツンと軽く指で突き、再び王都整備の職務へと戻っていった。
「しっかし、どうして5日も経ったかは結局分からずじまいかよ。何が起こったってんだ」
「はぁ、本当に分からないの?これだから無知な人間って嫌ね、ひとつひとつ子どもを躾けるみたいに教えないといけないんだから」
「なんだぁ、ピンク団子、理由知ってんのか?」
「誰がピンク団子よ!!………まったく、仕方ないわね。魔法尚書としての初仕事がこれじゃあ、先が思いやられるけど、挨拶代わりに教えてあげるわ」
エルムはそう言うと、一冊の魔導書を取り出し、詠唱を始めた。
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次回、エルム先生の魔法講座開始!!