第一話
目が覚めたとき、自分がなぜここにいるのかわからなかった。
闇の中にはぜる、たき火の炎。
たき火に枯れ枝を投げ込む、30代前後の男性。
男の脇には、柄が長めの長剣が置いてある。
起きあがろうとして、体の節々が痛むことに気が付く。
「まだ、寝ていた方がいい」
男が低い声で話しかける。
「………………誰?」
なんとか発した声は掠れていた。
「それは、こっちが聞きたい」
逆に問い返され、応えようと口を開き
「………あれ? 私? 名前が………………」
真っ白だった。
名前があるはずの記憶の部分が、真っ白だ。いや、それだけではない。生まれた場所、生い立ち、自分に関するモノ全てが、記憶のどこにもない。
「……疲れているんだろう。寝ろ」
たき火に照らされた、男がそれだけ言って押し黙る。
虫の声と水のせせらぎ、炎のはぜる音だけが聞こえる。
たき火だけが光源のせいで、ここが一体何処かは分からないが、少なくとも屋外であることは間違いない。
男の言うとおり、疲れているのかもしれない。それ以上考えることもできず、そのまま眠ってしまった。
翌朝。
男は自分の名前をカイルと名乗った。
流れの傭兵をしているらしい。
明るい日のもとで見ると、たき火に照らし出されてみた時よりも、ずっと若く見える。20代後半くらいか。彼の動き一つ一つを見ていれば、その隙のなさから実践的な武術をこなしていることがわかった。
だが、自分のことは分からないことだらけだ。
取りあえず10代前半の少女で、なぜか全身にかすり傷があり、胸には浅くだが切り傷が入っていることだけはわかる。
「致命傷はないし、動けるはずだ」
傷を見てくれたカイルの言葉通り、多少痛むが我慢すれば普通に動くことができる。
カイルが言うには、昨夜で私が自力でずぶぬれの格好のまま彼の元まで歩いてきたということだった。
それが、本当なら彼が私の命の恩人と言うことになるのだろう。
礼を述べ、カイルに私のことで何か分かることはないか聞いてみたが、何も言わずに首を振るだけだった。
「取りあえず、近くの街まで送ってやりたいが……」
焚火の跡に土までかぶせたうえ、整地し更に木の葉をかぶせて火の跡を消すという入念な野営の片づけを終えたカイルが、顔をしかめる。
流れの傭兵をしていると言っていたし、こんなところで野営をしていたということは、何か訳ありか、仕事中なのかもしれない。
「街までの行き方を教えてもらえれば、自分でなんとかする」
なんとかする自信はない。が、なんとかするしかない。
カイルは私の目をじっと見たあと、大きくため息をついた。
「どっちにしても、同じか。ついてこい」
と、先に歩き出してしまった。
慌てて、自分の荷物を持ち上げる。
とはいっても、弓と矢が数本入った矢筒のみだったが。
状況からすると川を流されてきたということなのに、よく落としたり壊れたりしなかったものだと、自分でも感心する。
それにしても、一緒に行っても、行かなくても同じとはどういう意味だろうか。