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ジャッカルの変心5

村のみんなと、こうしていっぺんに顔を合わせるのはすごく久しぶりのことだ。


クーラン、シャイヤー、ケッテイ、キャン、ライオネル、ダクトベア、ニアラ、アダックス……。


子供だけで集まって、俺たちはいろんな話をした。いま何しているのか聞き合ったり、最初の頃に驚いたルタ町とクシャラ村のちがいについて話したり、今でも理解できないルタ町のおかしな慣習について笑い合ったり。


みんな成長して、背丈も顔つきも昔と少し変わっている。


けど、話し出すと昔に戻ったような感じで、教会で勉強したあと、よくこうして話し合っていたよなって、すごく懐かしい思いがあふれてきた。森や原っぱで遊びまわったり、他人の家で合宿みたいなことをやったり、近所の畑仕事を手伝って野菜をたんまりもらったり……なんだかんだ、あの頃が一番平和で幸せだったんだよな。


戻れるなら戻りたいよ。あの頃に。……あの場所に。


少しだけしんみりしつつ、昔話に花を咲かせていると、やがて酒のにおいを漂わせた親父が俺のところにやって来て、


「食器をしまっている戸棚の奥に、干し肉があるから持ってこい」


そう命令してきた。


みんなそれぞれの家から、酒とか食べ物を持ち寄って酒盛りをしているから、うちもそれにならうってことらしい。こういう日に出せるもの、うちにもちゃんとあったんだ。


ちょっと驚きながら、俺は了解していったん家に帰ろうとしたんだけど、


「シュリが行く!」


そのとき、友達としゃべっていたシュリガーラが、ぴんと手を挙げて口を挟んできた。

お、ラッキー。


「お前が行くの? じゃあ任せたわ」


それを聞いて、俺は浮かせていた腰をすとんと下ろした。


俺が頼まれたことを、すぐ横取りしようとしてくるシュリガーラ。昔は、シュリガーラのそういうところがすごく嫌で、面倒くさい奴だなって思っていたけど、今はそうでもない。


やりたいなら、お前がやってくれてもいいぜって感じだ。頼りにされるのは嬉しいことだけど、やるべきことは少ないほうが楽でいい。お前に任せるよ。


ところが、俺たちの間では意見が一致したのに、親父は険しい顔をして、


「ダメだ。子供が一人で歩いていい時間じゃない。ジャッカル、お前が行け」


「えーっ」


「えーっ」


真似すんなよ。

不満の声を出したら、シュリガーラと被ってちょっとイラっとした。


行きたい奴に行かせればいいじゃん。子供って言ったって、シュリガーラは俺より一つ年下なだけだぜ。まったく親父はシュリガーラに甘いんだか、厳しいんだか。


でも、ま、親父がそう言うなら仕方ない。


頑固おやじだから、口答えしたって無駄なんだ。

面倒だけど行くかって、俺は諦めて立ち上がりかけた。ところが、


「じゃあ二人で行く!」


シュリガーラが、それなら友達と二人で行くと言い出した。

そんなに行きたいのかよ。変な奴。


親父はまた『ダメだ』って言いそうな顔をしていたけど、絶対に大丈夫だから行きたいお願い行かせてってシュリガーラが懇願すると、顔に深いシワを刻みながら考え込み、


「気を付けて行ってこい」


迷いに迷った末、しぶしぶ許可を出した。

よっしゃ。やったぜ。


俺は完全に腰を下ろした。シュリガーラとその友達は、興奮したような高い声できゃあきゃあ騒ぎながら、大人たちが酒盛りをしている部屋から出て行った。


これでやることがなくなって、うるさいのもいなくなって、一石二鳥。

……最初は、そう思っていたんだけど。


「シュリガーラはまだか?」


出て行った二人の帰りが、遅いのなんの。


のんびり歩いたって、十分あれば余裕で往復できるはずなのに、二十分経っても、三十分経っても、なぜか二人は戻ってこない。家には母さんがいるし、干し肉の場所が分からなくて手間取っているわけではないよな。いったいどうしたんだ?


何してんだろうって、ちょっと気にしていたら、まだ戻ってきていないのはひと目で分かることなのに、『シュリガーラはまだか?』って、親父がわざわざ俺に尋ねてきた。

おいおい、もう酔ってんのか?


「まだ来ていないよ」


「遅いな。お前、ちょっと見てこい」


「はいよ」


ま、そうなるよな。言われると思ったぜ。


「ちょっと行ってくる」


話し続けるみんなに声をかけて、俺は立ち上がった。


こうなるなら頼まれたとおり、最初から俺が行けばよかったかな。あいつ、ぜんぜん大丈夫じゃねーじゃん。そんなことを考えながら、ダクトベアの家の外に出る。


顔を上げると、薄闇の空に、こうこうと輝く丸い月が浮かんでいた。


ルタ町は夜でも、クシャラ村よりかなり明るい。家がたくさんあって、しかも家同士の間隔がすごく狭いからだ。真夜中じゃなければ、明かりを持っていなくても、月明かりと誰かの家の軒先の明かりで歩けてしまう。


自分の家に向かって、昼間とはちがう景色の中を速足でぐんぐん進んでいると、


「ん?」


不意に、目の前に障害物が現れた。

進行方向の地面に、ぼこぼこした太いものが横たわっている。


なんだ? 道の端から端まで、通せん坊するように何かが置かれていて、またいで通れそうな高さではあるけど、暗くてそれが何なのかよく見えないことも相まって、すごく不気味で近付きがたい。


ダクトベアの家に向かうときには、こんなものなかったはずだけど。

誰の仕業だ? ……遠回りするか?


そのための道は知っている。


少し考えて、急ぐ必要はないんだから、おかしなものには近付かないほうがいいという結論に達した。無理に通って、あとで怒られたら嫌だし。シュリガーラたちは、これを避けて家に向かおうとして、どこかで迷ってしまったんだろうか。


と、(きびす)を返そうとしたその時、太くて長いそれがズズズッと動いた。


……えっ?

驚いて、俺は思わず足を止めた。


見間違いだろうか。でも今、確かに動いたような。……これ、生き物なのか? そうだとしたら……、いや、まさか。ぞっとして、急に体が冷たくなった。


こんな生き物、見たことも聞いたこともない。

ってことは、つまり、こいつは……。


嫌な想像がふくらんでいく。怖すぎて目が離せない。


警戒しながら、俺はじっとその何かを見つめていた。そしたら、ふと月の光が強くなって、その障害物の表面に、ぬめるような光沢の鱗が見えた。


蛇だ。

胴体の一部が不自然にふくれた、大きな蛇が地面に横たわっている。


ぎょっとして、恐怖で体がすくんだ。

しかもそれは、ただ大きいだけの蛇ではなかった。


月明かりが照らし出した、その蛇の長い胴体の先にあるものは、蛇の頭ではなく、髪の長い女の頭。目は白くて、口は真っ赤だ。俺を見つけたその人面蛇は、ちろちろ細長い舌を出しながら、しゅるりと頭を持ち上げ、


「うわあぁぁぁぁっ!」


考えるより先に、喉の奥から絶叫がほとばしり、足が勝手に動き出した。


やばい、やばいって!


無我夢中で夜道を走り抜け、俺はダクトベアの家に引き返した。


あれは悪魔だ! 間違いない。


なんで、どうして、分かんないけど、ともかく悪魔が町にいる! 口が赤かったのは、腹がふくらんでいたのは、きっと、きっと……っ。


ダメだ、考えるな! あれが本物の悪魔! なんでこんな時に!


「逃げろ! 蛇の悪魔が外にいる!」


ダクトベアの家に戻り、村人たちが酒盛りを続けている部屋に飛び込むと、俺は大声でそう叫んだ。すると、がやがやしていた室内の音が、徐々に徐々に小さくなっていき、


「悪魔?」「見間違いじゃねぇのか」「本当かよ」


って、そんなざわめきに変わっていった。


本当に悪魔がいるんだって!


信じてもらえないことをじれったく思いながら、俺は何度も繰り返して訴えた。嘘じゃない。本当に悪魔がいたんだ。俺も信じられないけど、悪魔としか思えない人面蛇が、道に寝そべっていたんだ。見間違いであってほしいけど、本当にいたんだ!


言い続けていたら、何人かの大人が、疑うような顔をしながら外に出て行った。


お祝いムードはすっかりなくなってしまって、これで俺の見間違いだったらすげぇ居た堪れないなってちょっと思ったけど、そんなわけない。


俺は、早く逃げようぜってみんなを急かしたい気持ちでいっぱいだった。でも確認を待ってからって親父や村長が言うから、うずうずしながらダクトベアの家にとどまっていた。


そしたら、


「悪魔だ! 逃げろ!」


三分もしないうちに、外に行った大人が叫びながら戻ってきた。

それでようやく、みんな逃げなきゃいけないって気付いてくれた。


でも、その時にはもう、ダクトベアの家の前まで人面蛇の悪魔が迫ってきていて――冷静に考えたら、俺が連れてきちゃったのかもしんないけど。


悪魔を目にした村人たちは、ちょっとパニックになっていた。


誰かの悲鳴が聞こえる。我先にと外へ飛び出す、誰かの後ろ姿が見える。慌てふためきながら、クシャラ村の人たちが散り散りになってどこかへ逃げていく。


俺も、家の中で悪魔に追い詰められたら終わりだって分かっていたから、とりあえず外に出た。でも、俺が『逃げろ』ってみんなに言ったわけだけど、どこに逃げたらいいのかなんて、ぜんぜん分かっていない。


安全な場所なんてあるのか? 町に現れた悪魔は、どうも俺が見た一体だけじゃないらしくて、あちこちで悲鳴が上がっているし……。


「教会に行くぞ!」


おろおろしていると、不意にダクトベアの心強い声が聞こえてきた。

それで気付いた。そうだ、教会だ! なんで忘れていたんだろう。


教会には強力な白魔法がかかっていて、悪魔は入れないようになっていると、いつだったか神父様がそう話していた。つまり、教会は安全ってことだ。


さすがダクトベア! 頼りになるな!


そのとき、たまたま俺の近くにライオネル、ダクトベア、ダクトベアのお姉さんとその旦那さん、その他何人かのクシャラ村の人たちがいて、みんなで教会へ向かうことにした。


親父はそこにいなかった。どこに行ったんだろう。母さんやシュリガーラの無事を確かめに、家に戻ったのかもしれない。みんな大丈夫かなって、すごく心配だったけど、


「母さんを連れてくる」


「待てよ。まずは自分のことだけ考えろ」


別行動しようとしたライオネルを、ダクトベアが止めて、


「悪魔に遭ったらどうしようもないだろ。どうしても助けに行きたいんなら、教会に悪魔を退治するための道具がある。頼んだら貸してくれるかもしれない。どれだけ効果のある道具なのかは知らねぇけど、丸腰で挑むよりはいいだろ。まずは教会に行くぞ」


そう説得しているのを聞いて、そうだな、まずは教会だなって俺も思った。


俺はバカだから、教会に逃げればいいってすぐに気付けなかったけど、親父たちならもうとっくに気付いて行動しているかもしれない。教会で合流できるかもしれない。


そう考えることにして、俺はみんなと一緒に教会を目指した。

けど、町には思っていた以上に悪魔がいて、教会に向かうのは簡単じゃなかった。


視界の隅で何か黒いものが動いたと思ったら、食事中の人面蛇だったり。曲がった道の先に、ずるずる這いまわる大きな黒い影が見えたり。クワやスキを持って、人面蛇と戦っている人がいたり。見かけただけでも、町にいる悪魔の数は軽く十を越えている。


いったい何が起きているんだ?

明らかに、異常事態だった。


すべての村や町は、神父様が張った悪魔よけの結界で覆われている。普通の悪魔はその結界に阻まれて、町に入ってくることができない。俺は昔、クシャラ村の神父様にそう教わった。神父様が、教会組織が、トルシュナーのみんなを守っているのだと。


なのに、なんでこんなことが……。

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