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ジャッカルの変心3

避難の旅が始まった。

大人たちは暗い顔をしていたけど、それは、覚悟していたよりもつらくない旅だった。


ルタ町に向かって歩き続けていること以外は、クシャラ村にいる時とそんなに変わらない感じ。家族がいて、友達がいて、村のみんながいつも近くにいる。


そりゃ最初は、慣れないことも多くて、足を痛めてしまうばあちゃんとか、体調を崩してしまう子供とかもいて大変だったけど。村人の中には、親切な力持ちも、医者もどきの神父様もいて、みんなで助け合えばどうにかなった。道中、大きな問題は起こらなかった。


俺とライオネルが喧嘩したことを除けば、だけど。


「あの悪魔、何しに来たんだろうな」


喧嘩のきっかけは、俺がそう話しかけたことだった。


深い意味があったわけじゃない。クシャラ村を離れて、もう何日も歩いているばかりで退屈だったから、近くにいたライオネルとダクトベアに、雑談を持ちかけただけだ。


ところが、俺がそう言った途端、ライオネルがむっと眉根を寄せて、


「ルーナは悪魔じゃない」


不機嫌な声でそう主張してくるもんだから、は? ってなった。


んなわけじゃねーじゃん。あいつ、自分で黒の領域の人間だって言っていたし、家出したあいつを迎えに来たらしい大人、明らかに悪魔っぽかったじゃん。


それなのに悪魔じゃない? ふざけてんの?


「何言ってんだよ。あいつ、自分で悪魔だって言っていただろ」


「だまされているのかもしれない」


「は?」


「連れ去られて、自分は黒の領域の人間だって信じ込まされているのかも」


「はぁ~?」


なんだよ、その妄想。あり得ないだろ。


昔からそうだけど、ライオネルはちょっと変わっている。天然っていうか、とぼけたことを真顔で言ってくることがたまにある。なんかズレてんだよな。今回もそれか?


すっごく呆れながら、おかしいのはライオネルのほうだよなって同意を求めて、俺はダクトベアを見た。そしたらなぜか、ダクトベアは何も言いたくないような感じで、すっと顔を背けて沈黙した。


え、なんだよ、その反応。ちょっと傷付くんだけど。


「そんなわけねーじゃん。あいつは悪魔だって」


「悪魔じゃない。悪魔だったら、俺たちが死んでいないのはおかしいだろ」


「それは……、そうだけど。子供の悪魔ですんごく弱いから、俺たちを殺したくても、殺せなかっただけなんじゃねーの? それか、兵隊に邪魔されたから諦めたとか」


「ルーナは、兵隊の銃撃から俺たちを守ってくれたじゃないか」


「あー……」


返答に困る。ま、それは正直、引っかかっていた。

銃弾を弾いていたあのシールドみたいなやつ、やっぱりあいつの魔法だよな。


「自分を守るついでだろ」


でも、ありがとうって気持ちには少しもならない。


「あいつと一緒にいたせいで、俺らのとこにも銃弾が飛んできたんだぜ。なんかよく分かんねーけど、あいつが弾いた銃弾のせいで、兵隊がいっぱい倒れていたし。あいつは人殺しの悪魔だ。それ以外に考えられないって」


「絶対ちがう。自衛は正当防衛だし、兵隊が死んだかどうかは分からないだろ」


ん? 『ジエイはセイトウボウエイ』?

突然よく分からない言葉を使われて、頭の中がこんがらがった。


なんのことだ? 考えていると、


「銃弾を跳ね返したら、たまたま兵隊にぶつかっただけだよ」


自分は絶対に間違っていないと、自信のある顔をしてライオネルが話を続けた。


「ルーナは自分の身を守るために魔法を使ったんだ。兵隊を殺そうと思って、銃弾を跳ね返していたわけじゃない。俺は、それが悪いことだとは思わないよ」


「……別に、俺だって本気であいつが悪者だと思っているわけじゃないけど」


俺が、ルーナに直接、何か嫌なことをされたわけじゃない。


だから別に、あいつが嫌いだとか、悪い奴だとか、本気で思っているわけじゃない。あいつのせいで危険な目に遭ったけど、あいつのおかげで助かった。それは分かっている。


……悪魔だって知らなければ、友達になっていたかもな。


「でも、あいつは悪魔だ。それは間違いない」


「悪魔じゃないよ。悪魔が俺たちと遊びたがるわけないだろう」


「いや、それはお前らを油断させるためで……」


「俺たちと一緒にいる間、怪しいことは何も……」


最初はただ、お互いに思ったことを言い合っていただけだった。


けど言い合いを続けているうちに、ルーナが悪魔なのは疑いようのないことなのに、根拠のない推測を持ち出して、それを否定したがるライオネルがあまりにも馬鹿馬鹿しくて、俺は無性に腹が立ってきた。なんでルーナは悪魔だって、認めようとしないんだよ。


そのうち、言い合いは怒鳴り合いに変わり、気付いたら殴り合いになっていた。


どっちが先に手を出したのかは覚えていない。


俺より小さいくせに、ライオネルは怪力だった。殴られた頬がじんじん痛み、俺の頭の中は怒りでいっぱいになった。どんな手段を使ってでも、こいつを倒さなきゃ。


取っ組み合い、叫んだり殴ったり引っかいたりして、俺は無我夢中でライオネルを倒そうとした。俺のほうが体は大きくて、強いはずだった。けど、ライオネルは諦めの悪い奴だったし、力比べになると俺のほうが負けるから、決着はなかなかつかなかった。


で、互いにギラギラにらみ合っているうちに、


「何やってんだ!」


うちの親父がやって来て、めちゃくちゃ怒られた。


住み慣れたクシャラ村から離れざるを得なくなって、みんな悲しかったり苦しかったり、いろんな思いを抱えながら、それでも懸命に避難しているこの大変なときに、お前らは何をやっているんだって、極大の拳骨を食らった。思わず、目から水がこぼれた。


喧嘩したのは悪かったと思っている。


だから俺たちは互いにその場で謝って、村のみんなにも謝りに行って、でも本当の仲直りはしないまま距離を置いた。喧嘩したのは悪かったけど、俺は、俺は間違っていないと信じていたし、ライオネルもそんな感じだったから。



おかしいのはライオネルだろ。


だってルーナは、自分が黒の領域の人間で、悪魔だってはっきり言っていたんだ。それなのに、なんでルーナは悪魔じゃないって否定したがるんだよ。変な奴。間違っているのはお前であって、俺じゃない。ばーか、ばーか。


ライオネルとはもう二度と話さないって、心に決めた瞬間もあった。


けど少しすると、このことについて、ダクトベアはどう思っているんだっていう疑問が出てきた。俺が同意を求めた時、顔を背けたのはなんでだ? 今のライオネルのことを、どう思っているんだ? 一度、ダクトベアの考えを聞いてみたい。


怒りがおさまり、冷静になった俺は、ダクトベアと話せるタイミングを探した。


ダクトベアは三人家族だ。四年前に流行り病で父親が亡くなっていて、今はおばさんと、少し年の離れたお姉さんと、ダクトベアで暮らしている。


父親がいないって共通点があるせいか、ライオネルとダクトベアのおばさんはすごく仲がよくて、あの二人も互いに互いが村で一番の友達って感じ。


だから、ダクトベアはライオネルに味方するかもしれない。けど頭のいい奴だから、ライオネルの言っていることがめちゃくちゃだってことは、気付いているはず。


ひとりになった瞬間を狙って、ダクトベアにそっと近付いて、


「なぁ、ライオネルのことだけど」


話しかけると、ダクトベアは俺の顔を見てため息をついた。


「思っていることはお前と同じだぜ」


「そうなの?」


え、まだ俺、『ライオネルのことだけど』としか言ってないんだけど。

話の理解めっちゃ早いな。さすがだわ。


「あいつ、ルーナのことになるとおかしいんだ」


感心していると、ダクトベアはしんどそうにぽつりと言った。


「あり得ないくらい擁護したがる」


「ヨウゴ……」


「かばいたがるってことだ」


そういう『ヨウゴ』か。『用語』じゃないとは思っていたけど。


「なんか理由があんの?」


「知らねぇ。けど俺は、ちょっとならライオネルの気持ちも分かる。だって俺たち、お前が来るまで、ルーナと一緒にキノコ採りしていたんだぜ?」


大きく目を開いて、ダクトベアは信じられないように首を振った。


「あり得ないだろ、キノコ採りする悪魔って」


「……ぷっ」


言われて、想像してみたらちょっと笑えてきた。


確かにあり得ないな。

人を殺す悪魔が、キノコ採りをしている……。なんでだよ。


おかしくて、心の中でひとりで突っ込んでいたら、


「ま、髪が黒い時点で、俺はあいつが悪魔じゃないかって疑っていたんだけどな」


「え?」


「神父のじいさんが言っていた」


前だけを見て歩きながら、ダクトベアは淡々としゃべった。


「黒の領域には、黒とか暗色とか、髪の色素が濃い奴が多いんだってさ。ま、そうじゃない奴もいるし、白の領域にも黒っぽい髪の奴はいるから、それだけの理由で差別するのはいけないことらしいけど。あいつはどこから来たんだよって感じの奴だったから、きっと悪魔なんだろうなって思っていた。年下の子供だとしても、常識なさすぎだったし」


「それは俺も思ったわ」


兵隊のマークを知らないのも、悪魔を知らないのも変だった。やっぱり……。


「ルーナは悪魔だよな?」


「ああ」


確認すると、ダクトベアはしっかりうなずいて肯定した。


「俺はそう思うぜ」


だよな。……そうだよな。

ほっとして、その瞬間、俺は心が軽くなったような気がした。


よかった。やっぱりおかしいのは、俺じゃなくてライオネルなんだ。


俺の考えは間違っていない。兵隊の銃弾から守ってくれたとはいえ、ルーナは悪魔で、俺たちの敵。無理にルーナをかばおうとしているライオネルが、普通じゃないんだ。


「つーか、なんで黙っていたんだよ」


安心すると、ふと小さな不満がわいてきた。


ライオネルと言い合いになった時、ダクトベアが無視しないで助けてくれていたら、喧嘩にはならなかったかもしれないのに。親父の拳骨、超痛かったんだぜ。


「お前、この話はライオネルにするなよ」


と、ちらっと俺のほうを向いたダクトベアが、額にシワを寄せて急に釘を刺してきた。


「あいつの考えを変えるのは無理だから」


「は? なんで?」


「やっぱりお前、なんでライオネルと喧嘩になったのか分かっていないだろ」


「いや、そんくらい分かっているって。考え方がちがっていたせいだろ?」


「ちげぇよ。お前ら二人とも、『自分が正しい』って言って譲らなかったせいだ」


「それもそうだな。俺が正しくてルーナは悪魔なのに、ライオネルの奴、自分が間違っているって認めようとしなかったからな」


「ちがうって。それが原因だっつーの」


「ん?」


何が原因だって?


「ジャッカル。俺もお前もルーナが悪魔だと思っているけど、それが『正しい』事実かどうかは分からないんだぜ。ライオネルの想像が本当だって可能性もある。『どっちの言い分が正しいのか』は、大した問題じゃねぇんだ」


「?」


「自分の『正しさ』を押し付け合っていたのが、お前らの喧嘩の原因だってことだよ」


急に難しい話が始まった。


ダクトベアはすごく頭がいいんだけど、そのせいか、何を言っているのかよく分からないことがたまにある。俺はそんなに賢いわけじゃないから、難しいことは何回か聞かないと理解できないんだよな。今もそうだ。


ルーナが悪魔なのは、自分でそう言っていたんだから間違いない。ライオネルの想像が正しいなんてあり得ない。それなのに、『どっちの言い分が正しいのか』は大した問題じゃないって、なんじゃそりゃ。


どっちが正しいかっていうのが、一番重要な問題だろ。ライオネルが間違った意見を持っていて、なのに間違いを認めなかったせいで、喧嘩になったんだから。

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