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左右反転

作者: 楽部
掲載日:2023/08/28

 朝起きると、左右が逆になっていた。鏡映しでも見ているかのよう。


 枕元の時計を見て、手にとって、壁の時計も見る。数字の7を指しているが、その位置は5時。秒針も反時計回りに回っていた。


 眼がおかしい、それとも脳の方?


 昨日の出張帰りで疲れやら何やかや、おかしくなっているのかもしれない。スマホを手に取るが、7:01の時刻はおかしくない。ただ、右から左へ数字は配列していて、となるとこれはたぶん、脳の方なのだろう。何気ない所作、自分の右手は意識せず操作している。


「起きたの。おはよう」

「あ、ああ。おはよう」


 動揺する。顔を合わせた妻もどこか違って見えて、妙に艶っぽい。いや、そうではない。口元のほくろの位置が反対なだけで、しばらくぶり、じっと見つめた理由はそこではないが。


「なあに、どうかした?」

「い、いや別に、何でもない」

「早く着替えないと遅れるわよ」


 言い出せず、誤魔化す必要もないがその場はそうしておいた。逆回転しているが、順に時計は進んでいる。人生を左右する一日でもないが、今日も仕事はある。とりあえず用意、いつもの身支度をと動き出せば、左右の違和感はあるものの意外と体はすんなり反応する。左手は右にポケットの付いたYシャツの袖を通り、左足はスラックスをスムーズにすり抜ける。普段から大雑把にしている髪や髭の身繕いでは判別できないが、とくに滞りない。上着を抱え、妻と反対の椅子に左側から座る。右手にはコーヒーカップ、次いで左手にはロールパンを持った。パンの渦巻きは元々こっち向きだったかしらん。少し余裕も出てきたようだ。


 歩行者は左側通行、右側も歩いている人も居る。車は右側走行、ハンドルもだいたい右側。信号機は左から赤、黄、青の並び、でも歩行者用の上下は変わらない。鏡映反転だと、天地の方は逆転しない。会社への道順も正反対だが、少し気を付けていればアクシデントなく到達できる。


 職場のデスクは、入り口のある壁側から窓側へ配置されていて、私の席は真ん中辺り。気になる後輩は、向こう側だったが背中側に移動してきていて、これはちょっと嬉しい反転。ただ嫌らしい上司は、窓側の今まで通り中央で。日に照らされる頭頂部の薄毛地帯もそのまま、対称図形だと変わらない。仕事は書類を右脇に、パソコンのマウスを左手に、報告書の作成、その他。右から左へと打ち出していく文字、数字の羅列に、幾分頭も慣れてきたようで、相変わらず反時計回りに時計は進んで行っているが、速いとも遅いとも感じない。何とか、それほどオーバーすることなく終えられそう。普段からして右から左への作業が主体だから、そういつもと変わらないのかもしれない。


 帰り道、右往左往せずに帰宅。住居の間取りは全く反対になっているが、テレビの中では司会を挟んで反原発、隣国嫌いの人は右左逆も立ち位置が違うだけ、音を聞く分には変わらない。お笑いコンビもボケとツッコミ、ツッコミとボケの関係性、掛け合いはそのまま。スポーツではメジャーの二刀流が左投げ右打ちだが、勝ち投手にホームランの大活躍。とくに変わらない。世界とは、日が東へ沈んでいっても、月が西から顔を出してきても、南北を逆とすれば差異はない。星座も、それにまつわる神話も物語も変わらない。本質は鏡映しで左右されないのだ、いずれの事も。違和感の残りにかぶりを振って、カーテンを閉め、ベッドに入る。


 寝入りかけの妻に、今日一日を話した。


「ん〜そうだったの。不思議なことも、あるものねえ」


 興味なさそうだったが、勘違いでないことだけは伝えたい。妻の側、利き手になった左手を動かして見せる。


「今も多少違和感があるけど、一日経ってだいぶ慣れたんだ」

「そこまで言うのなら、そうなんでしょうけど。あっ」


 何か思い出したのか、妻は覆い被さってきて回転。そのまま、体を右側に移す。


 「逆っていったら、あなたはそっち側だったわね」


 押しのけて、枕も交換。おやすみなさい、と布団に潜り直す妻。強引にと思いつつ、左側になった私は体の向きを整えてみて、ふとある事に気付く。


 何気に消えた違和感の残り。そして、芽生えた新たな違和感。


 寝る位置が反対だった?


 明日にはまた、逆転しているかもしれない。眠れぬまでも布団を被った。

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― 新着の感想 ―
[一言] こういった不思議な話が個人的に好きなので、楽しんで読めました。ありがとうございました。
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