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6.不思議な兄妹のお招き

 目の前で微笑んでいる美しい青年。彼こそが、私をここに招待した『コーニー』だった。


 驚きのあまり、彼の顔をまじまじと見てしまう。それが失礼にあたると分かってはいたけれど、そうせずにはいられなかった。


 ためらいつつ、そろそろと謝罪の言葉を口にする。


「あなたが、コーニー……様だったのですか。……ごめんなさい、私、あなたのことを覚えていませんでした」


 お茶会に招いておいて、あいさつしたにもかかわらず相手の名前も顔も覚えていない。こんな失礼なことを打ち明けるのは気が引けたけれど、いつまでも隠し通せるものでもないと思った。


 先日のお茶会の間、ずっと泣きそうなのをこらえていたせいか、あの時のことについてほとんど記憶がないのだ。


 気づいたら、全部終わっていた。誰と会ってどんな話をしたのかなんて、まったく覚えていない。


 彼は私に会いたいと願ってくれたのに、私はこんな有様だ。がっかりされるかな。幻滅されるかな。悲しさを覚えながら、そっとうつむく。 


 そんな私に、優しく穏やかな声がかけられた。


「いえ、それも当然でしょう。招待されたのは私ではなく、私の友人でしたから。私は、彼の連れとして参加していたんです。ですからレベッカ、あなたとはほんの二言、三言話しただけですよ」


「そう……だったんですか」


「ええ。しかも私の友人がまたお喋りな男で、あれこれとあなたに話しかけていましたから、私が口を挟む隙がろくになかったんです」


 コーニー様は朗らかに、そんなことを話している。ロージー様は楽しそうな顔で、その話を聞いていた。


「けれど、あのお茶会はとっても素敵でした。細かなところまで気配りが行き届いていて。またあなたがお茶会を開かれるのであれば、その時はぜひ私たちを招待してください」


 彼が私に気を遣ってくれているのは明らかだった。


 あのお茶会は、アレク様が丸ごと台無しにしてしまった。そして意気消沈した私も、女主人役を務めるので手いっぱいだった。


 手紙をもらった時から不思議だったのだけれど、あのお茶会が素敵だったなんて、どう考えてもあり得ないのだ。


 それにコーニー様は、アレク様が引き起こしたあの騒動について、意識して避けているようにも思えた。私が気まずくならないように。


 ひっそりと落ち込んでいる私に、コーニー様は明るく優しく、さらりととんでもないことを言った。


「それと、私のことはコーニーと呼んでください。様なんてつけられると、くすぐったくて」


「わたくしのことも、ただロージーと呼んでくださいな」


「あの、さすがにそれは……」


 貴族の女性は、たとえそれが格下の家の者であっても、成人男性については『様』付けで呼ぶのが普通だ。


 呼び捨てにするのは親戚か、あるいは親しい友人くらいなもので。


「私とロージーは、これからもあなたと交流していきたいと思っているんですよ、レベッカ。いつか『様』を外すのであれば、今外してしまっても大して違わないでしょう?」


 大いに違うと思ったけれど、それ以上抵抗することなくうなずいた。


 二人が私に好感を持ってくれている、親しくなりたいと思ってくれている、そんな気持ちが伝わってきたから。


 それを見届けて、ロージーがにっこりと笑った。


「さあ、立ち話も何ですから、どうぞ席についてくださいな。みんなでお茶にしましょう」




 ほぼ初対面の二人との、三人きりのお茶会がこうして始まった。


 ちょっと緊張している私に、ロージーは積極的に話しかけてくれた。


 何でも彼女は少し体が弱いとかで、この屋敷――二人の両親が持っている、隠れ家のような別荘――に療養に来ているのだそうだ。


 コーニーは彼女の兄で、付き添いとしてここに来ているらしい。


 ただ二人は、自分たちがどこの家の人間なのかは教えてくれなかった。ロージーが療養していることを秘密にしたいからなのか、それとも他に理由があるのか。


 ちょっと気になったけれど、尋ねるのは止めておいた。私にだって聞かれたくないことがあるのだから、お互い様だ。


 それにコーニーとロージーと話しているのは、とても楽しかったのだ。


 アレク様のところに嫁ぐより前、まだ友人たちと気楽にお喋りしていた頃を思い出す。いや、あの頃よりもずっと楽しい。


 お茶もお菓子もとってもおいしくて、このところ暗い日々を送っていた私にとっては、まるで夢の中にいるような心地だった。


「ふふ、レベッカと話しているととても楽しいですわ。わたくし、あまり同世代の女性と話す機会がなかったものですから」


 そう言って、ロージーは頬を上気させながらお茶を飲み、ほうと感嘆のため息をついている。


 ロージーは色んなことを聞きたがっていた。といっても個人的な内容ではなく、貴族の女性の間で流行っていることとか、遊びにいくのにちょうどいい場所とか、そういったことだった。


 おかげで、私も抵抗なく話すことができた。私が質問に答えていくたびに、彼女はぱっと顔を輝かせていた。


 コーニーもそんな妹を見守りながら、意外と真剣に私の話を聞いているようだった。


 病気がちのロージーだけでなく、コーニーも社交界でのあれこれにはあまり詳しくないようだった。


 二人は、自分たちのことをあまり語ろうとはしない。とはいえ、こうやって二人とお喋りしているのはとても楽しかった。


 久しぶりに同年代の人たちと和やかなひと時を過ごせているからというのもあるし、アレク様のことを忘れていられたからというのもあった。


 先日のこともあるし、彼のことを考えると、どうしても気落ちしてしまうのだ。しかしコーニーもロージーも、アレク様に関することは一言たりとも話さなかった。


 それは私のことを気遣っているというよりも、そもそもアレク様のことに興味がないように思えた。でも二人のそんな態度が、今の私にはとてもありがたかった。


 けれどそうやって話し込んでいるうちに、あることに気がついた。コーニーは時折、ちらちらと私を見ていたのだ。


 嫌な感じはまったくしなかったけれど、少々違和感はあった。


 どうやら彼は失礼にならないように気をつけつつ、それでもじっと私のドレスの刺繍を見ているようだったのだ。それも、やけに熱っぽい目つきで。


 そういえば、あの手紙にはこのドレスを着てきてほしいと、そう書かれていた。つまりコーニーはこのドレスに興味を持ってくれたのだろうけれど。


 それにしても何というか……ドレスを見てこんな目つきになっている男性は、初めて見た。


 そんなことを考えていたら、ドレスを見つめるコーニーと目が合ってしまった。彼は一瞬気まずそうな顔をしたけれど、すぐに決意を固めたような顔で立ち上がった。


「ごめんなさい、もう我慢の限界です。レベッカ、もっと近くで見せてください」


 そう言うなり、彼は私のすぐそばにやってきた。そのまま流れるようにひざまずくと、うやうやしく私の手を取る。


 彼は繊細な彫刻のような美しい顔を私の袖口に寄せて、刺繍をじっと見つめていた。とても真剣な表情に、思わず見とれてしまう。


「あ、あの、コーニー……顔が近いです」


「どうか動かないで、レベッカ」


 彼は凍りついたように、刺繍を見つめ続けていた。ロージーはそんな彼を、にこにこしながら見守っている。


 コーニーのこのふるまいも、ロージーからするとさほど珍しいものでもないらしい。だったらおとなしく、待っているべきなのだろうか。


 でも私は人妻だ。よその男性にこんな風に触れられているのはあまり良くない。


 一言断って腕を引っ込めようとしたその時、コーニーがつぶやいた。


 さっきまでのどことなく神秘的で穏やかな声音とはまるで違ううっとりとした声が、その美しい唇からもれる。


「……ああ、この針運び、色使い……完璧です……まるで、糸で絵を描いたような……今まで見た中で一番、見事な刺繍です……」


 思いもかけないその言葉に、私はただ呆然とすることしかできなかった。

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