25.番外編・すれ違いと贈り物
王宮の離れでの暮らしは、穏やかに過ぎていった。ここでは、ひどい仕打ちに涙することも、暗い未来を嘆くこともない。アレク様のもとにいた日々の記憶も、どんどん薄れていった。
これもみな、コーニーのおかげだ。私を救ってくれて、居場所をくれた優しい人。少しでもいい、彼に報いたいなと、自然とそう思うようになっていた。
彼と一緒にドレスを作ることで、私は彼の力になれている。そのことは分かっているけれど、それでももっと彼のために何かしたいと、そう思わずにはいられなかったのだ。
そうこうしているうちに木々が葉を落とし、吹く風が日に日に冷たくなっていった。そんな中、あることに気がついた。
……コーニーは、あまり寒さに強くないようなのだ。
王都はこの国の中でも比較的温暖な地域にあるし、王宮もこの離れもしっかりしたつくりなので、隙間風が吹くようなこともない。窓から降り注ぐ日差しのおかげで、昼間など少し暑いくらいだ。それなのに、彼はほんの少しだけ厚着なのだ。
私が寒さに強いだけなのかなと思いながら、王宮を行き交う人々、特に外からやってきた貴族たちをこっそりと観察してみた。けれどその誰よりも、コーニーは厚着だった。
さりげなく上着が分厚かったり、よく見るとシャツが厚手のものだったり、あるいは首に巻いているスカーフがいつもより大振りだったりする。
それでいて、彼は夏よりもほんの少し猫背なのだ。まるで、寒さをこらえているような姿勢だ。ただ、私の視線に気づくと、何事もなかったかのような顔をしてしまう。
「あの、ロージー。ひとつ、気になっていることがあるのだけれど……」
どうしてもコーニーの様子が気になってしまって、ロージーとふたりきりになった機会に、こっそりと聞いてみた。ロージーは何かしら? と答えて、優雅に小首をかしげている。
「……もしかして、コーニーって……寒いのは苦手、なのかしら?」
「あら、正解ですわ。やっぱりずっと一緒に暮らしていると、やせ我慢をしていてもばれてしまうんですのね」
意を決して尋ねた私に、ロージーはさらりと言葉を返してくる。
「やせ……我慢?」
「ええ。お兄様は、あなたの前では格好をつけているんですのよ。いつもなら、もっと堂々と重ね着していますわ。とはいえお兄様だけあって、ごろごろに着ぶくれていても見苦しくはないんです。服の選び方がうまいんですのね」
ごろごろに重ね着したコーニー、ちょっと見てみたい。しかし、私にいいところを見せたいという彼の気持ちも尊重したい。でも、彼が寒い思いをしているのは見過ごせない。
「……だったら、何か羽織れるものを贈ってみてもいいのかも……贈り物なら、気兼ねなく身に着けられそうだし……」
ふとそんなことをつぶやくと、ロージーが目を輝かせて、身を乗り出してきた。
「贈り物ですの? それは名案ですわね。お兄様はきっと、いえ、間違いなく喜びますわ。でしたらさっそく、作ってみます?」
「作って?」
「あら、あなたからお兄様への贈り物でしょう? だったらやっぱり、手作りが一番ですわ!」
そうして彼女は、私の手を取って大股に進み出したのだった。
ロージーと二人で、王宮の中にある作業部屋に足を踏み入れる。そこには、コーニーが集めた様々な素材がしまい込まれている。
「こないだ、ここでいい毛糸を見つけたんですの。山岳地帯にいる、奇妙な獣の毛を使ったものだとかで……」
そう説明しながら、彼女は材料が置かれた棚をひっかきまわしていた。
「奇妙な獣?」
「ええ。首長羊……とか言ったかしら? 見ていると和むとか、笑ってしまうとか、色んな話を聞いていますわ」
いったいどんな獣なのだろう、と想像していたら、ロージーが歓声を上げた。
「ありましたわ! ほら、これですの」
彼女はこちらを振り返ると、わたしの手に白い毛糸玉をひとつ握らせた。
その感触に、私も声を上げずにはいられなかった。ふんわりと柔らかなその毛糸は、触れているだけでとても暖かい。けれど羊毛のちくちくとした感じはなくて、むしろ絹のようにつややかな肌触りだ。
「素敵な毛糸……軽くて、暖かくて、しなやかで……これなら、いいものができそう」
「この毛糸玉、まだまだたくさんありますから、いくつかもらってしまっても大丈夫ですわ」
そう言って彼女は、さらにいくつも毛糸玉を取り出してきた。
「ねえ、透かし編みのケープなんてどうかしら? 普段着でも寝間着でもさっと羽織れますし、ぐっと華やかになりますもの」
「それ、いいわね。どういった模様にするか、一緒に考えてくれる?」
「もちろんですわ!」
力強く答えると、ロージーは奥の部屋に駆け込んでいき、紙束を抱えて戻ってくる。
「こちら、わたくしが今までに集めた編み図ですわ。レース編みのものが多いですが、参考にはなると思いますから」
編み図を広げ、別の紙にあれこれ書きつけながら、ロージーとふたりでああでもないこうでもないと案を練っていく。
するとロージーが、ふと何かを思いついたように顔を上げた。
「せっかくですから、完成するまでお兄様には内緒、というのはどう? 驚かせてみたいんですの」
「ふふっ、でもその気持ち、分かるわ。それじゃあ、頑張ってみる」
それから私は、空いた時間を全て、コーニーへの贈り物を作ることに費やした。白い毛糸をふんだんに用いた、丈の長いケープになる予定だ。
コーニー、喜んでくれるといいな。自然と顔が緩むのを感じながら、せっせと編針を動かしていった。
◇
それはわたくしがレベッカの相談に乗ってから、数日後のことでした。
「ロージー、私はどうすればいいのでしょう……近頃、レベッカの様子がおかしいんです」
しょんぼりとした顔のお兄様にそんなことを打ち明けられてしまって、顔が引きつりそうになりました。様子がおかしいって、まさか。
幸い、お兄様はわたくしの様子がおかしいことには気づいていないらしく、目を伏せたままぼそぼそとつぶやいています。
「今までは、食事の後などゆっくりと話す時間が持てたのですが、最近ではすぐに自室に戻ってしまって……何かあったのかと尋ねても、何もないですと返されるばかり……」
ああ、やっぱりあのケープに関わることでしたのね。内心冷や汗をかきながら、お兄様の言葉を聞いていました。
「もしかして私は、彼女に嫌われるようなことをしてしまったのでしょうか……」
「い、いえ、そんなことはありませんわ! もっと自信を持ってくださいまし!」
レベッカは、隠し事が苦手です。そしてお兄様は、察することは得意ですが、相手に対して強く出ることはとっても苦手です。そんなお兄様が以前アレク様を見事に追い払えたのは、愛の力というものですわね。
なのでお兄様は今、レベッカのおかしな様子が気になりつつも、踏み入って尋ねることができないようでした。
……こんな事態を招いてしまった責任は、わたくしにもあります。とはいえ、せっかくレベッカが頑張っているのですし、今秘密をばらすのももったいない気がしてしまって……困りましたわ……。
涼しい顔を保ちつつこっそりと考え込んでいたら、ふとひらめきました。
「ねえ、お兄様。でしたら何か、レベッカへの贈り物を用意するのはどうかしら? それを渡すという口実で、じっくり話す時間を作るんですの」
「贈り物……ですか」
「ええ、そうですわ。それも、お兄様の手作りの、愛らしくて素敵なもの! 絶対にレベッカも、喜んでくれますわよ」
こうなったら、レベッカがケープを完成させるまで、時間を稼がなくてはなりません。とっさの思いつきではありますけれど、お兄様を作業に没頭させておくというのは、我ながら中々いい考えのように思えました。
「それも、いいかもしれませんね」
お兄様の目が、ちょっぴり明るくなりました。そこを狙って、さらに畳みかけます。
「そうと決まればすぐにでも、何を作るか決めてしまいましょう! ほら、作業部屋に行きますわよ!」
「ロージー、やけに張り切っていますね……」
とまどうお兄様の手を引いて、作業部屋に向かいます。あら、なんだか前にも、こんなことがあったような。
まあ、今はそれよりも、お兄様の気をそらすことが先決です。
レベッカ、今のうちに頑張ってくださいましね。応援してますわ。
今も自室にこもってせっせとケープを編んでいるだろう彼女に、心の中でそっと声援を送りました。
◇
「その、レベッカ……」
ロージーに悩みを相談してから、しばらく経ったある日。朝食後のお茶を飲みながら、向かいに座るレベッカにそろそろと切り出しました。
「どうしたんですか、コーニー。やけに真剣な顔をしているようですけれど……」
心配そうに私を見つめるレベッカに、やや早口で呼びかけます。
「少し、待っていてください」
ばっと立ち上がり、離れの自室に置いていた、完成した贈り物を取ってきました。
「その、こちらを受け取っていただけますか? ささやかですが、贈り物です」
そう言って絹のハンカチに包まれたままの贈り物を差し出したものの、レベッカは目を丸くしたまま動きません。……どうしたのでしょうか。
「あ、あの! ちょっと待っていてください!」
そうして彼女も、部屋を飛び出していってしまいました。けれどすぐに、白い毛布のようなものを抱えて戻ってきました。
「私も、これをあなたに贈りたくて……」
思いもかけない展開に少しとまどいながら、彼女が差し出したものを受け取りました。同時に彼女も、私の手から包みを受け取ってくれました。
「わあっ! 可愛い……」
包みを開けたレベッカが、とても愛らしい笑みを浮かべました。その笑顔だけで、これまでの悩みも何もかも、一気に吹き飛んでしまいます。
私からの贈り物は、花のレース編みをいくつもつなげたブレスレットです。
ロージーと相談して、とびきり手の込んだ、けれどその分美しい編み図を選び、さらにアレンジを加えました。縫い糸のように細い絹糸を用いた繊細な花は、レベッカにはよく似合うと思います。
「これ、もしかして、コーニーの手作り……ですか?」
おずおずと問いかけてくる彼女にうなずきかけると、彼女はぱあっと顔を輝かせました。
「嬉しいです! でもどうして、こんなものを?」
「その、最近あなたと距離を感じていたので、話すきっかけになれば、と……」
答えながら、声が尻すぼみになってしまうのを感じます。改めて言葉にしてみると、どうにも情けないというか……。
「距離……あ、もしかして、私が自室にこもりがちだったから……?」
困ったようなレベッカの言葉に、無言でもう一度うなずきます。すると彼女は、深々と頭を下げてきました。
「ごめんなさい! 実は、あなたを驚かせたくて……こっそりとそれを編んでいたんです」
彼女の視線は、私が受け取った毛布に注がれていました。はっと毛布を見つめ、広げてみます。
「なんと、見事な……」
毛布だと思っていたそれは、大きなケープでした。透かし編みでなければ、丈の短いマントのようでもあります。
柔らかな毛糸で編み出された大きな花をいくつもつないだそのケープは、思わず見とれずにはいられないくらいに美しく、見事な仕上がりでした。さすが、レベッカです。
「その、最近冷え込みますし、少しでも暖かく過ごしてもらえればって、思ったんですけれど……」
決まりが悪そうにうつむいて、レベッカが付け加えました。胸がいっぱいになるのを感じながら、ケープを羽織りました。
「……とても、暖かいです」
もしかしたら彼女は、私が寒さに弱いのだということに気づいてしまったのかもしれません。だからこそ、これを贈ろうと考えたのかもしれません。
けれどそんなことがどうでもいいと思えるくらいに、胸がいっぱいで、温かくなっていました。
「ありがとう。大切にします」
ちょっぴり涙のにじむ声で礼を言い、レベッカの腕にブレスレットを着けてやります。それからふたり、手を取り合って向かい合いました。
「とってもよく似合っていますよ、レベッカ」
「あなたもとっても素敵です、コーニー」
彼女の手首には、繊細な花のブレスレット。私の肩には、美しいケープ。
レベッカが冷たくなったというのは、私の早とちりでした。けれどそのおかげで、私も彼女に贈り物をすることができました。けがの功名、といったところでしょうか。
後でロージーにも、お礼を言っておかなくてはなりませんね。
◇
どうやらお兄様とレベッカは、互いに贈り物を渡せたようでした。ああ、はらはらしましたわ。けれどこれで、ようやく安心できますわね。
今回、わたくしの提案のせいでちょっと事態がややこしくなってしまった気もしますけれど……終わりよければ全てよし、ですわ。
これからもあのふたりが仲睦まじく過ごせるよう、気配りを忘れないようにしましょう。ふたりとも、とっても不器用ですから。手先はあんなに、器用ですのにね。
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