24.番外編・思いは受け継がれ
「レベッカ、あなたに届け物ですよ」
ある日、コーニーがうきうきとした様子でやってきた。その手には、古びた木箱。
「あなたの実家から送られてきたんです。見た目より軽いのですが、何でしょう?」
彼から木箱を受け取り、小首をかしげる。確かに、かなり軽い。
ひとまず木箱をテーブルに置いて、じっくりと見てみる。小ぶりの犬が一匹すっぽりと入ってしまいそうな、やや縦長の木箱。どうやら、側面の板が外れるようになっているようだった。
二人して息をのみ、そっと板を外す。中にあったものを見て、同時に声を上げた。
「あっ、これは……」
「おや、とてもかわいらしいですね」
木箱の中に入っていたのは、古びた人形だった。少しくすんだ金の髪、陶器の頬には長い年月を物語るかすかな汚れ。人形は青いぱっちりとした目で、私とコーニーを見つめていた。
その顔を見たとき、思い出した。
「このお人形は、お母様がお父様のところに嫁ぐときに持ってきたものなのだと、そう聞いています」
そっと木箱の中に手を入れて、人形を取り出した。
「レベッカがお嫁にいくときに、これをあげるわって、そう言われていたのを思い出しました……」
私はコーニーに、王子様のもとに嫁ぐ。だからお母様は、嫁入り道具としてこの人形を贈ってくれたのだ。
「……どうしましたか、レベッカ?」
考え込んでしまった私に、コーニーが心配そうに声をかけてくる。
「あ、いえ……その、大したことではないんですが……」
かつて実家で見たときはとっても豪華だと思ったこの人形は、王宮の中ではひどくみすぼらしく見えてしまっていた。それは当然のことなのだけれど、ちょっと寂しい。
「……王太子妃がこんな人形を持っていたら、あなたの評判にもかかわってしまうんじゃないかって、それが心配です」
「あなたという人は、まだそんなことを気にしているのですか」
悲しそうな、けれどちょっぴりいきどおっているような声で、コーニーがため息をつく。
「あなたは私がたった一人選んだ人。身分こそ違いますが、あなたの人柄も品性も、王太子妃として迎えられるにふさわしいと思っていますよ」
彼は顔を引き締めて、きっぱりと言い放つ。
「それにあなたの刺繍の腕前は、もう社交界でもすっかり知られています。あなたはたくさん、素晴らしいものを持っているのですよ」
一気にまくしたて、彼はそっと人形に触れる。
「それにこの人形だって、長く大切にされてきた品に特有の、優しく穏やかな雰囲気をまとっています。この王宮に置かれていても、少しも見劣りなどしませんよ」
そこまで言ったところで、彼はふっと何かに気づいたような顔をした。
「……もっとも、あなたが気になるのでしたら、王宮の職人たちに修理させるのもいいかもしれません。髪を植え直し、肌を磨いて、顔を描き直し……それだけで、かなり見違えると思います」
「……そうですね。そうしてもらえると、嬉しいです」
まだちょっと複雑な気分のままそう答えると、コーニーが不意に声を張り上げた。
「ああ、そうだ!」
思わず目を丸くする私に、彼は身を乗り出して熱心に言った。
「せっかくですから、その人形の服を新調してあげませんか? 今まで着ている服はそのままに、新しい衣装をもう一着、あつらえてあげるんです」
「新しい、衣装……それって、もしかして」
「ええ。私とあなたの力を合わせた、ちょっぴり風変わりでとびきり素敵な、そんな衣装です!」
そう断言したコーニーは、目をきらきらと輝かせていた。
そうして私たちは、さっそく作業に取りかかっていた。人間用のドレスならさんざん作っていたけれど、人形用のドレスを作るのは二人とも初めてだった。
まずは慎重に人形の服を脱がせて、それをもとに大まかな型紙を作っていく。当然ながら、型紙はとても小さかった。
「ここまで小さいと、かなり勝手が違いますね……工夫のしがいがあるというものです」
手のひらにすっぽり収まってしまうような型紙を見つめながら、コーニーは目を輝かせている。
こんな風に、ドレスのことを考えているときの彼は、夢を見ている少年のような表情をしていて、とても微笑ましい。
「前に着ていたドレスは、かなり古い型のものでしたし……今社交界ではやっている型のものにするか、いっそまだどこにも出していない、新しい型のものにするか……」
いたって真剣にそんなことを考えている彼の顔を、こっそりと見つめる。そうしているだけで、胸がぽかぽかと温かくなる。
「ひとまず、デザイン画だけでも作ってみませんか? 私、あなたがデザインするドレス、大好きですから」
そう声をかけると、彼はくすぐったそうに笑ってこちらを向いた。
「それでは、あなたも手伝ってくださいね。あなたとお喋りしながらだと、一人で考えているよりいいものができますから」
「ええ、もちろんです」
こうやって彼と一緒に、心おきなくドレスの話をすることができる。そんな幸せをこっそりとかみしめて、大きくうなずいた。
そして、さらに熱心に作業を進めることしばし。
「さあ、これでひとまず完成です」
コーニーが浮かれた声でそう言って、真新しい木箱から人形をそっと取り出した。職人たちによって修繕された人形に、私たちが作ったドレスを着せつけたものだ。
見違えるようにきれいになったその人形がまとっているのは、この上なく豪華なドレスだった。
少しずつ大きさの違う淡い桃色の布を幾重にも重ね、バラの花のようにふんわりとふくらんでいるスカート。たっぷりとした袖も、同じようにふんだんに布を使っている。
そしてそのドレスのあちこちに、きらきらと輝く銀色のビーズをたっぷりと縫いつけた。なにぶん布自体は小さなものなので、いくらでも凝ることができた。
とはいえ、完成したものを改めて見てみると、ちょっとやりすぎたと思わなくもない。
「……つい、調子に乗ってしまいましたね」
コーニーも同じようなことを考えているのか、その顔には苦笑が薄く浮かんでいる。
「人形なら、人間が着られないような衣装も着せられますから……」
今人形が着ているのと同じドレスを人間が着たら、重さで歩くどころか、ろくに身動きも取れないだろう。それ以前に、一着仕立てるのにどれだけかかることか。
「これは今はやっているドレスとは真逆の、どちらかというと古い伝統的なものに近いドレスですが……」
人形を赤子のように慎重に抱えながら、コーニーがつぶやく。
「でも、楽しかったです。時には昔に学ぶのも、いいですね」
さわやかにそう言う彼は、やっぱり無邪気な子どものような顔をしていた。彼のこんなところも、とっても愛おしい。
そんな彼を見ていたら、ふと言葉が口をついて出た。
「……いつか、私たちに娘が生まれて」
赤子……ではなく人形を抱いたまま、彼が目を丸くした。
「その子がどこかに嫁ぐとき、この人形を持たせることになるんですね」
ついうっかり、そんなことを想像してしまった。急に照れ臭くなって、ごまかすように微笑む。
「なんて、ちょっと気が早かったかもしれません」
「いいえ!」
しかしコーニーは、予想外の反応を見せた。彼は人形をそっとテーブルの上に置くと、私の両手をしっかりとにぎりしめてしまったのだ。
「そうですよね、そのうち私たちにも、子どもができるのですから……今のうちから準備しておいてもいいと思います」
少し早口でそう語る彼の頬は、ちょっぴり赤い。
「ああ、でもどうしましょう」
「コーニー?」
「もし娘が二人以上生まれたら……それに息子にも、公平に何かを渡してあげたいですし」
「ふふ、コーニー」
「私たちが子どもたちに何かを残すとしたら、やっぱり布でこしらえたものがふさわしいのでしょうか……」
「コーニー、落ち着いてください」
優しく呼びかけると、彼はぴたりと黙った。それからそろそろと、気まずそうにつぶやく。
「あっ、今度は私のほうが、先走ってしまいましたね」
「いえ、気持ちは分かります。ですから、二人一緒に考えましょう。子どもたちへの贈り物、ずっと受け継がれていく贈り物を」
その言葉に、コーニーは一瞬きょとんとして、それから大きな笑みを浮かべた。ちょっと泣き笑いにも似た、そんな笑顔だった。
そうして彼はそのまま、私をぎゅうっと抱きしめてしまう。
「ふふ、そうですね。……あなたと一緒。ただそれだけで、不思議なくらいに心が浮き立ちます。この幸せな思いも、伝えていきたいです」
はい、と答えて、彼を抱きしめ返す。きっと私も、彼と同じような笑みを浮かべているのだろうな。
彼の肩越しに、テーブルに座る人形と目が合った。無表情なはずのその人形も、穏やかに微笑んでいるように見えた。
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