23.祝福の婚礼衣装
それから、しばらくして。
私とコーニーは、着飾って馬車に乗っていた。今日の仮面舞踏会で、また新しいドレスをおひろめするのだ。
きらきらと輝くビーズを縫い付けたドレスは、驚くほど飾り気のない、シンプルなシルエットだった。
スカートは腰にぴったりと張り付いて、ひざのところで少しすぼまり、また裾のところで広がっている。ほっそりとしているけれど、とても優美な曲線を描いている。
さらに袖はひじの上辺りまでぴったりと体に張り付いているし、胸元も首のところまで布で覆われている。
しかも、普通なら袖や胸元にたっぷりとあしらわれるレースもフリルもリボンも、一切なし。
代わりに、胴体から肩、袖にかけてはビーズがびっしりと縫いつけられているし、スカートにも手の込んだ刺繍がびっしりと施されている。
装飾品も最低限だ。前にロージーからもらったブローチを首元に留めている以外、耳飾りも首飾りも指輪も腕輪もなし。
反面、かぶっている帽子はとても華やかだ。つばの大きなシルクの帽子に、美しくひだを取ったオーガンジーの幅広リボンを巻いて、レースのコサージュと真珠の飾り紐を添えてある。
「ふふ、素敵ですよレベッカ。あなたの姿を見たみなさんの反応が、今から楽しみでたまりません」
馬車の向かいに座っているコーニーが、うっとりと私を見つめている。
彼もまた、斬新な雰囲気の礼服をまとっていた。白いひざ下のつややかな靴下も、やはりひざ下のブーツもなし。代わりに、足首丈のズボンと、しっかりした作りの革靴を履いている。
私のドレスと同様に、彼の礼服もまたシンプルだった。色数も最低限、やはりフリルもレースもない。首元にしゃれた形で巻いたスカーフだけが、唯一の飾りだ。
実はこの礼服には、生地とよく似た色の絹糸でびっしりと刺繍を施してある。遠くから見ると目立たないけれど、近づいて見るとその細工にびっくり、という仕掛けだ。
「あなたの服も、いい感じに仕上がりました。とってもよく似合ってます。……ああ、でも」
私たちのこの服を作っている間中、一つ気になっていることがあった。最初にコーニーのデザイン画を見た時から、うっすらと気にかかっていたのだ。
「もしかしたら、このデザインも流行ってしまうのでしょうか……だとしたら仕立て屋さんが大変だな、って」
前に私たちが流行らせたデザインも、やはり従来のものよりはおとなしめのものだった。けれどそちらは、まだレースやリボンで飾り立てる余地があった。
ところが今私が着ているものは、そうもいかない。とにかく体にぴったりした、優美な曲線を描くこのドレスには、レースならまだしも、フリルやリボンは似合わない。うっかりすると、かなり地味になる。
「ふふ、どうなるでしょうね。いずれにせよ、私はとても楽しみなんです」
コーニーはちょっと頬を染めて、そう答えた。
「私たちの技術と努力の結晶であるこのドレスに触発されて、どこかの誰かがまた新たなドレスを生みだすかもしれない。それを見ることで、私はさらに違ったデザインのものを思いつける。素敵です」
「ええ、本当に素敵ですね。私も頑張ります。あなたの夢のために」
「ありがとう、レベッカ。でも、無理はしないでくださいね?」
「いいんです。あなたの思いつく、変わっているけれど素敵なドレスを形にしていく、それは今の私にとってかけがえのない夢なのですから」
にっこりと笑って、言葉を続ける。
「こんな夢を持つことができたのは、コーニー、あなたのおかげです。私、あなたに出会えてようやっと幸せを知ることができました」
かつて私が望んでいたのは、ただアレク様の妻として認めてもらうということだけだった。そしてその思いは、一度たりとも報われることはなかった。
でも今は、こんなに素敵な夢を持つことができた。自分の力を活かすことができて、大切な人の笑顔も見られる。
おまけに、周囲の人たちを驚かすこともできる。ちょっぴり癖になりそうなくらいに楽しい、幸せな夢だ。
けれど、それを聞いたコーニーが難しい顔になる。どうしたのだろう、と心配になって、口を閉ざしてじっと彼の様子をうかがった。
「……レベッカ、やはりあなたの心には、まだアレク殿の存在が影を落としているのですね……」
「そうかもしれません。でも大丈夫です。あなたがいてくれますから。どうか、気にしないでください」
寂しそうにそう言った彼に、あわてて首を横に振る。でも彼は、さらに眉間にくっきりとしわを刻んでしまった。そのまま、何か考え込んでいる。
「一つ、聞きたいのですが……あなたが以前に用意したという婚礼衣装、あなたとあなたのご家族とで縫い上げたというそれは、まだ残っているのですよね?」
その言葉に、つい笑顔が固まってしまう。あの婚礼、アレク様がやってこなかったあの日に着ていた純白のドレス。
あのドレスは確かに、まだクローゼットの奥にしまい込んでいた。見ていると苦しいだけなのに、捨てることも、どこかにやってしまうことも、どうしてもできなくて。
泣きそうな気持ちを押し込めてこくりとうなずくと、コーニーが笑った。いつもの穏やかな笑みではなく、何かをたくらんでいるような、そんな表情だ。
「でしたら、そのドレスで婚礼を挙げましょう。私とあなたの婚礼を」
「え、でもあれは、その……」
「もちろん、あのドレスをそのまま着てくださいだなんて、そんな残酷なことを言うつもりもありません」
楽しそうに、コーニーはそんなことを言っている。どうしよう、彼が何を考えているのかさっぱり分からない。
困り果てていると、彼は手を伸ばして私の手を取った。それからとろけるように優しい声で、そっとささやきかけてくる。
「その婚礼衣装を、一緒に改造してしまいましょう。ロージーも手伝ってくれますし、義姉上や母上も喜んで協力してくれますよ。……もちろん、あなたが嫌だというのなら止めておきますが」
「嫌じゃないです!」
自分でも驚くほど、大きな声が出た。そんな私に、彼は歌うように語り掛ける。
「あなたの悲しい思い出の象徴を、みんなの手で違う形にしてしまいましょう。悲しみは消えないけれど、より大きな喜びで包み込んでしまうことならできる」
彼の声は、教会の鐘の音を思い出させた。それも、お祭りの日の。どことなく厳かで、でもそれ以上に温かく、みんなを見守ってくれているような、そんな美しい音だ。
「あなたを大切に思う人たちの祝福が込められたドレスで、あなたは今度こそ幸せになるんです」
コーニーの優しい声に、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。ああ、今日が仮面舞踏会でよかった。ちょっとくらい泣いてしまっても、仮面が隠してくれる。
そんなことを思っていたら、コーニーがくすりと笑った。
「そうだ。いっそ、兄上と父上も巻き込んでしまいましょうか。二人とも手芸の心得はありませんが、蝶々結びくらいならできるはずですし」
「あの、それはさすがにおそれ多いです!」
びっくりした拍子に、涙が引っ込んだ。王族総出で手を入れたドレスなんて、ちょっとした宝物だ。後世まで大切にとっておくような、そんな物品になってしまう気がする。
「おや、あなたがそんなことを言ったら、あの二人は仲間外れにされたといって寂しがるでしょうね。娘が、妹が増えたと喜んでいましたから」
「た、確かにそれはそうですけど」
「でしたら、私たちみんなの祝福を受け取ってくださいね。あなたには、世界で一番幸せな花嫁になってもらいたいんです」
最初の結婚の時、もう立ち上がれないんじゃないかってくらいに打ちのめされた。泣きたいのをこらえながら、懸命に頑張ってきた。
でも次の結婚、最後の結婚は、前のものとは比べものにならないくらいに幸せなものになる。
目の前の愛しい人を毛の先ほども疑わずにいられる、そのことがひたすらに嬉しかった。
とびきり風変わりな、でも素晴らしい服をまとって、私たちは手を取り合って笑い合う。
と、その時あることを思い出した。ビーズで飾り立てたハンドバッグを探り、中から小さな塊を取り出した。手のひらに乗るくらいのそれを、そっとコーニーに差し出す。
「……その、よければ、なんですが……これ、受け取ってもらえませんか?」
私の手に乗っているのは、匂い袋だった。かつてアレク様に贈ろうとして、手ひどくはねつけられたあれ。
コーニーの求婚を受けてから、彼のために改めて作っていた。けれどアレク様の時の失敗が尾を引いて、なかなか渡せずにいたのだ。また断られたらどうしようと、そんなことを思ってしまっていたのだ。
「……匂い袋ですね。大切な男性に贈るという……」
考え込む私の目の前で、コーニーは匂い袋をうやうやしく手に取り、愛おしげに見つめる。
「スミレの花咲く、暖かな草原の刺繍、ですか……この針運び、間違いなくあなたのお手製ですね」
かたずをのんで、彼の言葉にじっと耳を傾ける。
「中に入っているのは、花のポプリでしょうか? とても優しい香りがします。いつかあなたとスケッチに行った、あの草原を思い出しますね」
そんなことを言いながら、コーニーはじっと匂い袋を見つめていた。と、彼は突然こちらに向き直り、そのままがばりと抱きしめてきた。
「コ、コーニー?」
驚きながら呼びかけると、彼はこの上なく嬉しそうな、ちょっぴり泣きそうな声で応えてきた。
「……ありがとうございます。ああ、どうしよう。嬉しすぎて、幸せすぎて、どうにかなりそうです。こんな素敵なものをもらってしまうなんて。最高の宝物です」
「あの、ただの匂い袋ですが……」
「私の一番愛しい人が、私のことを思いながら作ってくれた、この世に二つとない匂い袋。これ以上特別なものが、存在するでしょうか?」
コーニーはすっかりはしゃいでしまっている。その姿を見ていたら、心の傷がまた一つ、乾いてかさぶたになったように思えた。
「……あなたといれば、傷つくことも怖くない」
そんな言葉が、自然と口をついて出る。
「傷ついても、悲しくても、苦しくても、あなたはそばにいて、前を向く力をくれる」
「はい。いつまでも、支えていきますから」
「……ありがとう」
かたんことんと心地よく揺れる馬車の中、私たちはしっかりと抱きしめ合っていた。
喜びの涙がころりころりと転げては、またすぐに乾いていった。




