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21.私の新しい家族たち

 気を取り直して、王宮の廊下をどんどん奥へと進んでいく。


 王族と一部の使用人しか立ち入らない区画だけあって、正面玄関やその周辺よりはずっと装飾も少なく、多少はくつろげそうな雰囲気をかもしだしていた。


 こういったところで暮らすのなら、どうにかやっていけるかもしれない。そう自分を奮い立たせたその時、コーニーとロージーが足を止めた。目の前には、周囲のものよりも豪華な扉。


「さあ、ここが目的地でしてよ。わたくしたち王族が、居間として使っている部屋なんですの」


 鼻歌でも歌いそうなくらいに上機嫌のロージーが、扉をそっと叩く。中から返事が聞こえたとたん、彼女はいそいそと扉を開けた。


 部屋の中は、王宮の他の場所よりは落ち着いた雰囲気だった。確かにここは、居間なのだろう。王族の、という言葉がつかなければ、中々に居心地はよさそうだった。


 そしてそこでは、穏やかな表情の人々が椅子に座り、和やかにお喋りしていたようだった。壮年の男女と、初老の男女。みんな、どことなくコーニーとロージーと似ている気がする。


 きっと、この方々はコーニーとロージーの家族なのだろう。一目見ただけでぴんときた。


 でもそのせいで、また緊張が戻ってきてしまった。二人の家族、それが意味することは……ここにおられるのは、みんな王族だ。少し前までは、雲の上の存在だった方々だ。


 またぎくしゃくし始めた私の手を優しく引いて、コーニーが空いた席に連れていってくれた。ふかふかのソファに、二人並んで腰かける。


 ロージーもうきうきした足取りで、一人がけの椅子にちょこんと腰を下ろしている。


 と、壮年の男性がゆったりと口を開いた。さっきから彼は、私にとても温かい視線を注いでいた。


「そうか、彼女がレベッカか……コーネリアス、私が病弱なせいでお前には苦労をかけるな。だが、思い人を見つけられたことは良かったと思う」


 その言葉に、コーニーがとても嬉しそうに答えた。


「お気になさらないでください、兄上。確かに私は特殊な立場にありますが、それも自ら選んだ道です。それにこの立場のおかげで、彼女と出会うことができました」


 コーニーが兄上と呼ぶ男性。つまりそちらの壮年の男性は、この国の現王陛下だ。


 私は、アレク様に嫁ぐまではごく普通の男爵令嬢に過ぎなかった。だから、陛下の顔を見る機会には恵まれなかった。そうか、こんな方だったのか。


 陛下はコーニーよりももう少し骨太で、その割にちょっと痩せているような気もする。穏やかながらも威厳に満ちた表情の、素敵な王様だ。


 とすると、陛下の隣にいるとっても上品で優しそうな女性が現王妃殿下だろう。陛下よりさらにおっとりとした、陽だまりのような女性だ。


 ならば、より年かさの夫婦は先王陛下と王太后殿下だ。従兄妹同士だと聞いてはいたけれど、確かによく似ておられる。陛下とコーニーとロージーの三人とも。


 ……やっぱり私だけ、思いっきり場違いだ。そう思えてしまって、自然と身が縮こまってしまう。


 そんな私に微笑みかけて、コーニーは部屋の人々を見渡した。そうして、力強く言葉を発する。いつもの彼からは想像もつかないほど、凛々しく。


「この先私がどんな人生を歩むことになっても、彼女がいてくれれば私は必ず幸せになれる。私はそう確信しているのです」


 みな、コーニーに注目していた。自然と彼に視線が引き寄せられているようだった。


「そして私は、彼女のことも幸せにしたいと考えています。だから私は全身全霊をもって、彼女のことを守ります」


 その言葉に、ちょっと泣きそうになった。その一言だけで、もう既に全てが報われたような、そんな心地がした。


 頑張ろう。このまま王太子妃に、王妃になってしまうのか、あるいは王弟の妻になるのか。それは分からないけれど、そんなことはどうだっていい。


 私はコーニーを支えて、コーニーに支えられていく。ただ、それだけなのだから。


 そう考えたら、すとんと何かが胸の奥に落ちていったように思えた。ずっと落ち着かずにうろうろとさまよっていた気持ちが、ようやくあるべきところに収まったような。


 口元をぎゅっと引き締めて、決意を込めて誰にともなく小さくうなずく。それを見ていたのか、王太后殿下がふっくらとした顔にえくぼを浮かべた。


「ふふ、大丈夫よコーネリアス。彼女は強いお嬢さんだわ。私が嫁いできた時よりも、ずっと肝の据わった顔をしているもの」


 その言葉にまた縮こまりそうになって、思いとどまる。代わりに背筋をぴんとのばして、深呼吸した。


「王族の従妹であった私でさえ、ここに嫁いできた時はもっとうろたえたわ。でもレベッカは、もう落ち着きを取り戻しているもの」


 そう言って、王太后殿下は優しく笑いかけてくる。けれどすぐに、彼女はしょんぼりとした顔でうなだれてしまった。


「それに元はといえば、あなたたちをもっと丈夫な体に産んであげられなかった私のせいなのだし……ごめんなさいね、コーネリアス。そのせいで、色々なものがあなたにのしかかってしまって」


 すかさず、先王陛下が口を挟んだ。ちょっぴり芝居がかった、高らかで明るい声だ。


「自分を責めずともよい、愛しの妻よ。全ては神の与えし試練なのだから。私たちみなで力を合わせ、共に乗り越えていけということなのだよ」


 先王陛下が退位されたのは、もう何年も前だったような覚えがある。けれど彼の声は、今もなお多くの臣下を従えうる強さを備えていた。


「確かにコーネリアス以外の二人は、少々体が弱い。だがみな、この上なく仲の良い兄妹となったではないか。私は、とても幸せだぞ」


 そんな二人に、今度は陛下が明るく笑いかけた。


「そうですよ、母上。私たちの間に子ができれば、コーネリアスも自由に生きられます。私たち夫婦はそろって体が弱くはありますが……それでも努力の甲斐あってかなり丈夫になってきました。いずれ、孫の顔をお見せできる日も来ますよ」


 陛下の隣では、王妃殿下がほんのちょっぴり心配そうに、でも嬉しそうに微笑んでいた。


「ええ、あなたは以前よりもすっかり、元気になられて……前は、毎月のように寝込んでおられたのに……」


「最愛のお前のためにも、大切な家族のためにも、頑張ると決めたんだ。君の顔色もずいぶんと良くなった。珍しい薬草を取り寄せたかいがあったよ」


「でも、どうか無理だけはなさらないでね」


 そんなことを言いながら、陛下と王妃殿下がすぐ近くで見つめ合う。


 ここにいる二組の夫婦は、どんななれそめなのかは知らないけれど、それはもう仲が良いことだけは確かだった。ちょっと、面食らうほどに。


「……私の家族は、素敵でしょう? あなたもこれからは、ここの一員なのですよ、私の大切なレベッカ」


 コーニーがそっと顔を寄せて、耳元でささやきかけてくる。人前でこの距離は恥ずかしい。


 ただ、もう目の前の人たちは、既に甘い雰囲気をたっぷりと放ってしまっている。こうなると、もう今さらなのかなとも思う。


 私の内心を見透かしたかのように、コーニーは私の手をそっとつかんで引き寄せた。まるで壊れ物でも扱っているかのように優しく、でもしっかりと。


「は、はい。……その、本音を言うと、ちょっとおそれ多いなとは思いますけど……でも、ここのみなさまはあなたの大切な家族、なのですよね」


「私『たち』の大切な家族、ですよ」


 律儀に念を押してくるコーニーがおかしくて、愛おしくて。手を伸ばして、彼の手に重ねる。そうやって手を取り合ったまま、じっと互いを見つめていた。


 どれくらいそうしていたのか、ふと、気配を感じた。何の気なしにそちらを見ると、感動で涙ぐんでいるロージーと目が合った。


 彼女だけではない。陛下と王妃殿下、先王陛下と王太后殿下もまた、嬉しそうに目を細めて私とコーニーを見守っていたのだ。


「あ、いえ、その、これは」


「ようこそ、レベッカ。私たちの、新しい家族」


 そう言ったのが誰だったのか分からないほど、私は焦ってしまっていた。でもその声に込められた温かい気持ちは伝わったから、急いで頭を下げた。


「どうぞこれから、よろしくお願いいたします!」


 返ってきたのは、とびきり優しいたくさんの笑い声だった。

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