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19.どうかこれからも、一緒に

 静まり返った中庭に、コーニーと二人、ただ立ち尽くす。風が木々を優しく揺らすさわさわという音だけが、かすかに聞こえていた。


 コーニーは何も言わない。ただじっと、何かを考えているようだった。


 私は何も言えない。彼が王太子だった。ロージーが王妹だった。突然突きつけられたそんな事実に、ただ戸惑ってしまって。


 やがて、コーニーがひどく弱々しい声で言った。


「……その、驚かせてしまいましたね。ごめんなさい、レベッカ。あなたをあざむきたくはなかったのですが……」


「い、いえ! その、仕方ないことですから! それに、アレク様から守っていただいて、ありがとうございました。その……コーネリアス様」


 悩んでから、彼の名前を付け加える。コーニーは悲しげに微笑んで、首を横に振った。


「それは確かに、私の名前です。でもあなたの前では、ただのコーニーでいたいんです」


「……そうですね。王太子様がこんなところにいるなんて、みんなに知られたら大騒ぎになってしまいますね」


 どうにかこうにか、そう答える。動揺からか、まだ胸がどきどきしていた。


「お気遣い、ありがとうございます。でも本当の理由は、それではないんです」


 彼は私のほうに一歩踏み出して、静かに話し始めた。


「……私は、楽しかったんです。あなたと出会って、一緒にドレスを作るようになって」


 その目は、切なげに伏せられていた。


「ずっと紙の上に描き起こすことしかできなかったあれこれが、あなたの手を借りて形を得る。それはとても心躍る、幸せな体験でした」


「はい、私もとっても楽しかったです……」


「あなたがここに来てからは、一緒にスケッチをしに行ったり、ただのんびりとお喋りをしたり……さらに、楽しい日々になりました」


「きっと、私の人生で一番素敵な日々でした。あんなに幸せな日々は、もう来ないと思います」


 コーニーは、王太子にして王弟であるコーネリアス様。ロージーは、王妹ロザリンド様。


 私は二人の正体を知ってしまった。きっと、もう今までのようには過ごせないだろう。それに二人の秘密を守るためにも、私は二人から離れなくてはならない。


 もう、いっそ修道院にでも入ってしまおうか。今までの幸せな思い出があれば、世間を離れてただ神に祈るだけの日々にも耐えられるだろう。


 それが一番だと思ったけれど、そう考えただけで泣きそうになった。離れたくない。ずっとここにいたい。そんなわがままな思いを、必死に抑え込む。


「……レベッカ、なりゆきとはいえ私の正体を、あなたに知られてしまいました。……それでその、一つ……お願いしたいことがあるのですが」


 コーニーは、ひどく沈痛な声だ。きっと彼は、これから別れを告げるのだろう。その言葉に備えて、ぎゅっと唇を噛みしめる。


 胸元に抱えたままの布、リスの刺繍が施されたそれをつかんでいる手がかすかに震えているのが、どこか他人事のように感じられた。


 そうしてコーニーは、絞り出すような声で最後の言葉を告げる。


「……レベッカ。どうかこれからも、私のそばにいてくれませんか。これまでとは、違う形で」


 かけられた言葉の意味がすぐにのみ込めずに、ぽかんとしてしまう。コーニーは私の片手を取って、両手で優しく握りしめた。


「本当なら、あなたに口止めを頼んだ上で、離れてしまうのがいいのでしょう。でも私は、もうあなたと離れたくない」


 彼の口調は、いつになく熱を帯びていた。すぐ近くから顔をのぞき込まれてしまって、彼から目を離せない。


「もっともっとあなたと一緒に、色々なことをしていきたい。ドレスを作って、野原を歩いて、リスを眺めて。そんなささやかな日々を、これからもあなたと積み上げていきたい」


「……いいんですか? これからも、一緒にいて……」


「はい。私には、もうあなたしか見えていないんです。だから、どうか……私の婚約者として、そばにいてはくれませんか?」


 てっきり、これからも仲良く友人づきあいを続けていきましょうという話だと思ったのに。婚約者って。


「こ、婚約者ですか!? でも私、ただの男爵家の娘で……王弟様で、王太子殿下の婚約者なんて……私には荷が重すぎます……」


「自信を持ってください。あなたは今まで私が出会った中でも、とびきり素敵なレディです。控えめですが、芯は強くて……私は、もうずっと前から、あなたのとりこだったんですから」


「あ、あの、コーネリアス様!?」


「コーニー、と呼んでください」


 柔らかく私をたしなめて、コーニーはひざまずく。今までにも何度か見た動きだなと、ふとそう思った。


「私は次の王となるかもしれませんし、ならないかもしれません。とても不安定な立場なんです。もしかしたら、一生をこうやってドレス作りに捧げることになる可能性もあります。輝かしい表舞台には、一生立たないかもしれません」


 私の顔を見上げながら、彼は切々と語り続けていた。ちょっぴり寂しそうな顔で。


「ですから、私は中々女性に求婚することができなかったんです。私はその方を、振り回してしまうことになりますから。ことによると、私に嫁いだせいで一生を棒に振ったと、そう思われてしまうかもしれません」


「……一生をドレス作りに捧げるって……それも素敵かもしれません。……思いつくまま、色んなことを試して……自分の技術の限界に挑戦して……そうして社交界に、新しく流行を作って……」


 つい本音をもらすと、コーニーはくすりと笑った。


「そんな風に感じてくれるあなただからこそ、私は手放したくないと思ったのでしょう。あなたとならば、この先どんな道を歩むことになったとしても、幸せに進んでいける気がするのです」


 ちょっぴりはにかんだような彼の笑みに、愛おしさがこみ上げてくる。


「レベッカ、これからもきっと、思いもかけないことが起こっていくでしょう。けれど私は、あなたを全力で守ると誓います。だからどうか……私の求婚を、受け入れてはくれませんか」


 王太子殿下からの求婚。それは、とてつもないことのように思われた。


 でも、これはコーニーからの求婚なのだ。そう考えたら、とっても素敵なことのように思われた。


 ああ、そうだ。私はいつしか、コーニーのことを大切に思っていたのだ。友人に向けるものよりも、ずっと強い思いを胸の奥に閉じ込めていた。


 もうその思いを、隠しておく必要もない。


 だから、両手でコーニーの手をにぎりかえした。そうして、ゆっくりと言葉を返す。


「……はい。あなたが何者であっても、関係ありません。私、あなたとずっと一緒に、笑って過ごしたいです。ずっと、いつまでも」


「ありがとう、レベッカ」


「よろしくお願いします、コーニー」


 そうやって手を取り合ったまま、私たちは見つめ合っていた。


「まあ、お兄様……やっとレベッカに求婚できたんですのね……よかった……」


 ロージーの感極まったような声が聞こえてくるまで、ずっと。




「実家……といいますか、王宮ですわね……に戻って一息ついて、二人がどうしているか気になったので戻ってきたのですけれど……まさか、こんな素敵な場面に目にできるなんて思いもしませんでしたわ」


 うっとりとしているロージーと一緒に、いったん中庭の椅子に腰を下ろす。嬉しいのと照れ臭いのとで、彼女の顔がまっすぐに見られない。


 それから、コーニーが話し始めた。彼がこの中庭にやってきてからの、一部始終を。


 そして彼は、ちらりと視線をロージーに向けた。苦笑しているような、そんな視線だ。


「あなたに見られてしまったのは、少々恥ずかしいのですが……ひとまず、失敗するところを見られずに済んでよかったです」


「うふふ、大丈夫ですわお兄様。お兄様はいつも優しいから、必要な時にきちんと押し切れないのではないのかと心配していたのですけれど、まったく問題ありませんでしたわね」


「そう言ってもらえて、ほっとしました。求婚なんて、どうにも不慣れで」


 和気あいあいと話している二人のそばで、私はどうにも落ち着かなさを感じながら、静かに話のなりゆきを見守っていた。


 コーニーは王弟だった。彼は私に求婚してきて、私はそれを受け入れた。


 そのこと自体に後悔はないのだけれど、下手をすると未来の王妃になるのかもしれないのだと考えたら、ちょっと怖かった。


「でもこれでようやく、レベッカをお義姉様と呼ぶことができますわね」


「え、あの、ロージー?」


 いつの間にか、二人はそろって私を見ていた。とっても楽しそうな顔で。


「わたくしの大切なお友達で、お兄様の妻。これでずうっと、レベッカと一緒ですわ。ああ、最高の気分」


「ロージー、彼女はあくまでも私の婚約者なのですからね?」


 ひたすらに嬉しそうなロージーと、どことなく腑に落ちない顔のコーニー。


 今までにちょっと見たことのない彼の表情に、つい嬉しくなってしまう。あれはきっと、やきもちに近い何かなのだろう。私とロージーがとっても仲良しだから、ちょっと妬いているのだ。


 きっとこれからも、彼の様々な顔を見ていけるのだろう。


 そう思ったら、奇妙なくらいにうきうきしてきた。王妃になるとかならないとか、そんなことがどうでもいいと思えるくらいに。


 彼と一緒にいられるのなら、どうなっても大丈夫。だって私たちは、互いに支え合っていけるのだから。


 アレク様との最初の結婚の時には一度だって感じたことのなかった安心感と幸せが、胸に満ちていく。


 とても温かな心地で、仲良くお喋りしている二人を眺めていた。

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