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16.温かな日々の中で

 そうやってあちこちのお茶会や夜会に顔を出し続けているうちに、ちょっとした変化が起こり始めていた。


 あるお茶会に出席した時、コーニーが意味ありげに笑いながらつぶやいた。


「……レベッカ、あなたは気づきましたか? どうやら今回も、みたいですね」


「はい。何だか、くすぐったいですね」


 そんなことを小声で話しながら、そっと周囲を見渡す。


 私たちの視線の先には、お茶会の他の参加者たちがいる。その中にちらほらと、どこかで見たようなデザインの服をまとった者がいた。


 今までの流行とはまるで違うドレスと礼服をまとった若者たちを、年配の人たちはちょっと複雑そうな顔で見ている。


 それはどことなく微笑ましい、そしてくすくすと笑いたくなるような、そんな光景だった。


 そっと身を乗り出して、向かいのコーニーにささやきかける。


「あなたが考え出した新しい服を、みなさんが真似し始めたみたいですね。素敵なデザインですから、真似したくなるのも分かります」


 今までの社交界での流行りとはまるで違う、でも軽やかで素敵なドレス。コーニーのデザインがみんなに認められて、好まれていることが嬉しくて、私の声も弾んでしまう。


 コーニーもまた、幸せそうな笑顔で応えてくれた。


「ふふ、ありがとうございます。けれどこうやって他の方々の衣装を見て、私は確信しました。やはり私がデザインする衣装には、あなたの刺繍がなくてはならないのだと」


 そう言って彼は、自分の礼服の胸元に施された刺繍に触れていた。とても優しく、愛おしそうな目をして。その表情に、思わず見とれる。


 初対面の頃から穏やかな態度を崩さないコーニーだったけれど、最近の彼は、時折妙に切なげな表情を見せるようになっていた。


 彼がそんな顔をするようになった理由が、気になってはいた。けれど私は、そこまで立ち入ったことを聞ける立場にはない。


 コーニーの手紙を受け取り、彼ら兄妹と出会ってから、それなりに長い時間を共にしてきた。


 色んな話をした。変わったドレスや礼服を、一緒に作ってきた。たくさん笑って、みんなではしゃいで。落ち込んでいた私は、二人のおかげで元気になれた。


 私たちは友人と呼べるくらいには親しくなっていると、そう確信している。でも、そこまでだ。


 だって私は、コーニーとロージーがどこの家の人間なのか、いまだに知らない。二人は私に正体を知られないように、とても慎重に行動しているようなのだ。


 それが、少し……ううん、とても寂しかった。


 二人は仲良くしてくれるけれど、まだ私のことを信用してくれていないのだろうかと、そう思えてしまって。友人だと思っているのは私だけなのかなと、そうも思えてしまって。


「どうしました、レベッカ? 何か、気になることでもあるのでしょうか」


 考え事をしているうちに、つい暗い顔をしてしまっていたらしい。コーニーが、心配そうな顔をしてこちらをのぞき込んでいた。


「いえ、大丈夫です。……同じような服の方が増えてきたら、今までのようにあなたの服を褒めてくれる方も減ってしまうんじゃないかしらって、そう思ってしまっただけです」


 とっさに、そんな言い訳を口にする。するとコーニーはぱっと顔を輝かせて、安心したように微笑んだ。


「そんなことを心配していたのですか。ふふ、あり得ませんよ。ぱっと見の服の形だけなら、いくらでも真似ができるでしょう。けれど、あなたの刺繍は唯一無二ですから。私たちの服が、いつでも一番です」


 彼のそんな褒め言葉が、ちくりと胸に刺さった。彼は心から、私の刺繍の腕を称賛してくれている。


 でも私ときたら、彼らが秘密を明かしてくれないことを気にして、上の空になってしまっている。


 後ろめたさを押し殺して、微笑み返した。


 彼が何を隠しているにせよ、今こうして一緒にいられる時間は、私にとってかけがえのない大切な時間だ。つまらない悩み事なんかで、無駄にしたくない。


 もやもやした思いから目をそむけて、コーニーの笑顔を見つめる。それから、同じテーブルについている他の客のお喋りに、二人一緒に加わっていった。いつものお茶会と、同じように。




 それからも、同じような穏やかな日々が続いていた。ただ、まったく同じという訳ではなかった。


 ロージーはもうすっかり元気になって、療養の必要はなくなった。


 ちょっと家に帰りますわと言って、彼女はこの屋敷を出ていった。またすぐに戻ってきますからと、そう言い残して。


 ところがコーニーは、そのままこの屋敷に留まっていた。


 あなたはロージーの療養の付き添いとしてここにいたのでは? と尋ねたら、私は私で、休暇を取りに来ていたのです。ロージーの付き添いも兼ねて、と返された。


 どうやら彼は、もうしばらくこの屋敷に滞在するらしい。ロージーがいなくなって寂しいとは思ったけれど、それでももうしばらく、この幸せな日々に浸っていられる。


 すぐにそんなことを考えてしまった自分に、すっかり浮かれてしまっている自分に、驚かずにはいられなかった。




「コーニー、あちらにスミレが咲いています。木漏れ日に照らされて、とっても綺麗です」


「ああ、本当に愛らしいですね……あなたの手にかかれば、あのスミレの姿を生き生きと布に写し取ることもできるのでしょうね」


 ある日私たちは、二人一緒に外に出ていた。屋敷の周囲の野原を、のんびりとぶらついていたのだ。


 コーニーは時々こうやって、外にスケッチに出ている。美しい花や風景を描き留めて、それを見ながら新たなドレスのデザインや、刺繍の模様なんかを考えるのだ。


 屋敷の庭の花も美しいですが、野の花にはまた違った魅力があるのです。コーニーは外に出てから、ずっとうきうきとそんなことを言っている。


 明るい森、さらさらと流れる小川、そこに咲く可憐な花々、時折顔を出すリスや小鳥。そういったものを、コーニーは手にしたスケッチブックにさらさらと描いていた。


「コーニーは絵もうまいのですね。素敵……」


 考えてみたら、彼はドレスのデザイン画だけでなく、ドレスに施す刺繍の下絵も全部自分で描いていたのだ。絵がうまくない訳がない。


 でも、彼が目の前の風景を描き留めていく様は、それは見事なものだった。まるで魔法のようだと、そんなことを思うくらいに。


 特に、下草の陰からちょこんとリスが顔をのぞかせている絵なんか、額に入れて飾りたいくらいに可愛い。


 ついついその絵に見とれていたら、コーニーがくすりと笑ってその絵を差し出してきた。


「……こちら、差し上げましょうか」


「いいのですか?」


「ええ。このスケッチは、もう頭に入りましたから。あなたに持っていてもらえれば、私も嬉しいです。屋敷に戻ったら、額に入れてお渡ししますよ」


「ありがとうございます。どうしよう、嬉しくてたまらないです……今までの人生の中で、一番の贈り物です」


 思ったままそう言うと、コーニーはほんのりと頬を染めてしまった。


「その……そこまで褒められると、照れますね……」


「いつもお茶会などで、たくさんの人たちから褒められているのに、ですか?」


 予想外の反応に首をかしげると、コーニーは目を伏せて恥じらいながら、こくりとうなずいた。


「……なぜでしょうね。あなたにそんな風に褒められると、こう……嬉しいという気持ちが、不思議なくらいにわき上がってくるんです」


 それっきり、彼は黙り込む。私もつられて、口を閉ざした。けれどその沈黙が、おかしなくらいに心地いい。


 明るい野原に、二人並んで座る。空は青く、ふわふわの白い雲が浮かんでいる。


 みずみずしい緑の木々、愛らしい野の花。まるで絵の中にいるかのような、そんな気分だった。


「……いつか、この光景をそのまま服に仕立ててみたいですね。あの雄大な空と、繊細な雲……腕の見せ所です」


 隣のコーニーが、うっとりと空を見上げて言う。


「その時は、一緒にその衣装を着てください。あなたの体に合わせたドレスなら、もうメモを見なくても仕立てられるんです。ですから、そのドレスはあなたのために作りたい」


「はい、もちろんです。……私も、あなたの寸法は覚えてしまいました。左右の腕のちょっとした違いなんかも、すっかり」


 私はコーニーがどこの家の人なのか知らない。彼の正体は知らないけれど、彼の寸法なら知っている。ある意味、とても特殊な関係かもしれない。


 コーニーはこちらを見ないまま、幸せそうに目を細めた。


「思えば、私たちはそれはたくさんの服を仕立ててきましたからね。あの素敵な服の数々が、私たちの思い出そのものなのでしょう」


「そうですね。……素敵な、思い出です」


 くすくすと小さく笑い声を上げながら、二人っきりで見つめ合う。


 まるでこの世に私たちだけしかいないのではないかと思ってしまうような、そんな優しい時間だった。




 それから数日後。コーニーは、用があるので数日だけ留守にしますと言って、どこかに出かけていった。勘だけれど、たぶんロージーのところに向かったのだと思う。


 その間、私はコーニーの屋敷で留守番することになった。使用人たちもいてくれるから、生活には困らない。ただ、こうやって一人になるのは久しぶりなので、ちょっと暇を持て余すくらいで。


 なので私は、屋敷の中庭でひたすら刺繍に励んでいた。コーニーが帰ってくる前に、刺繍を一枚仕上げようと思ったのだ。


 この前一緒に出かけた時にもらった、リスのスケッチ。それを刺繍で再現して、彼に贈ろうと思ったのだ。


 面白いくらいに作業ははかどって、この分ならあと一日か二日もあれば完成させられそうだった。そうしていれば、一人きりの寂しさも忘れられたし。


 と、誰かの足音が近づいてきた。この足音はコーニーでもないし、たぶん使用人でもない。


 しかも、その後ろから執事の困り果てた声が聞こえる。どうかお待ちください、と必死に引き留めようとする声。


 誰が来たのだろう、と顔を上げた私は、悲鳴をのみ込むことになった。

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