15.さらなる挑戦と過去の傷
そうして、私たちは前と同じようにドレス作りに精を出していた。
かつてコーニーがロージーのために描いていたデザインの中から一つを選び、さらにあちこち修正を加えていく。
それから彼は、型を起こして布を裁断していった。その布に、私がたっぷりと刺繍を施していく。ロージーはこれまたコーニーが描いた編み図通りに、猛烈な勢いでレースを編んでいる。
前に一組の衣装を作り上げたからか、それとも一緒にあれこれと話して距離が縮まっていたからか、前以上に作業ははかどっていた。
そしてまた、予定外の衣装まで作ってしまっていた。どうも私たちは、つい調子に乗る癖があるらしい。
気がつけば、私たちは三体のトルソーを前にしてうなずき合っていた。ロージーのドレス、それに私のドレスとコーニーの礼服。
ロージーと私のドレスは、同じデザインの色違いになっている。ロージーのものは華やかなピンクで、私のものは優しいタンポポ色だ。
前に作ったドレスと同じ、胸のすぐ下からさらりと垂れ下がるスカート。少し丈が短くすそがひらひらしているから、歩くたびにすそが美しく揺れて、靴がちらちらと見えるだろう。
ドレスの生地は、前のものよりも薄く軽い。そこに施した刺繍は、ビーズをたっぷりと用いた華やかなものだ。手袋も短くて、より軽やかだ。
袖はなくて、上からレースの短いショールを羽織って肩を隠す。ショールは、宝石のブローチでドレスに留めつける。
とはいえ、私が持っているブローチはあまりにも質素で、このドレスには負けてしまっていた。なので、ロージーの手持ちの中から色味の合うものを借りている。
コーニーの礼服は、前回と同様に私たちのドレスに雰囲気を合わせたものだ。様々な色合いの緑を組み合わせた、とてもシンプルなデザインの、そしてやはり細身の服だ。
この服は一見地味だけれど、えり元や袖口は光の加減によって微妙に色味が変わる。様々な色の糸でびっしりと複雑な地模様を縫い取ってあるので、こんな風に見えるのだ。
それらの衣装を前に、コーニーがうっとりとつぶやいた。
「ああ、この間のものとはまた違った素晴らしさです。こうなったら一刻も早く、この衣装をみなに見せたい……このドレスをまとった、素敵なあなたたちを」
「お兄様ったら、本当に嬉しそうですわね。ちょうど昨日、気軽なお茶会の招待状をもらったところですから、そちらにしましょう」
「そうですね。このドレスは夜会よりも昼のお茶会向きですから、ちょうどいいですね」
うきうきとしている二人をよそに、私はちょっと気分が優れなかった。
アレク様に捨てられてからというもの、ずっとコーニーとロージーの屋敷に引きこもり、誰とも会わずにいた。
昼のお茶会であれば、前のように仮面をかぶることもないだろう。素の自分のままで、これから誰かと顔を合わせ、話をしなくてはならないのだと思うと、ちょっと気が重い。
でも、二人の喜びに水を差すのも悪い。だからできあがった衣装を確認しているふりをして二人に背を向け、そっとため息をのみ込んだ。
それから数日後。私はコーニーとロージーと共に、着飾って出かけていった。二人の共通の友人が開いたお茶会に出るために。
馬車に乗ってたどり着いた屋敷で、執事に案内されてお茶会の会場に向かう。私の足取りは、自然と重くなっていった。
お茶会。その言葉に、どうしても私は前のお茶会のことを思い出さずにはいられなかった。私が女主人として開いた、あのお茶会。
私はあそこから、アレク様とやり直していこうと思っていた。けれど実際は、ただ悲しい記憶だけが残ってしまった。
いつの間にか、足が止まってしまっていた。背中を丸めて、うつむいて。そうしていたら、すぐ近くでコーニーの優しい声がした。
「大丈夫ですよ、レベッカ。私がついています。……あの時と同じようなことには、決してなりません」
コーニーはあのお茶会に出ていた。あの時のアレク様のとんでもない宣言を、コーニーも聞いていた。
つとめて気にしないようにしていた事実を思い出して、さらに落ち込みそうになる。
けれどコーニーがそこで私のドレスの刺繍を見たから、私たちは知り合うことができたし、一緒にいられるのだ。そう思ったら、少しだけ気分が軽くなってきた。
「私たちはこれから、とても楽しい時間を過ごすんです。悲しんでいる暇なんて、ありませんよ」
顔を上げると、コーニーとロージーの笑顔が並んでいた。二人一緒に、私に手を差し伸べている。
「そうでしてよ、レベッカ。わたくしたち三人で、みなさまを驚かせてさしあげましょう!」
ロージーが元気に言い放つ。春の花のピンク色は、色白の彼女にとてもよく似合っているなと、ふとそんなことを思った。
二人の手を取って、もう一度歩き出す。そのまま中庭に続く扉をくぐると、みずみずしい花の香りに包まれた。和やかに談笑している人たちの声もする。
その場の人たちの視線が、私たちに集まるのを感じた。にぎやかだった中庭が、しんと静まり返った。
私たち三人は、笑顔でその視線を受け止めていた。
「今日も、大成功でしたわね!」
その日の夕方、コーニーの屋敷で私たちは笑い合っていた。さすがにちょっと疲れた様子のロージーが、それでも満足そうな顔ではしゃいでいる。
みんな普段着に着替えて、のんびりと居間でくつろいでいた。話しているのはもちろん、昼間のお茶会のこと。
今日のお茶会で、私たちは注目の的だった。そして、憧れの的にもなっていた。
今日も風変わりなドレスをまとっていたからか、先日の仮面舞踏会に出席していたのが私とコーニーなのだと気づいた人も多く、私たちは質問攻めにあっていた。
その素晴らしいお召し物は、いったいどこで作らせたのですか。目を輝かせた人たちにそう尋ねられるたびに、コーニーは見事な笑顔で答えていた。嬉しくてたまらないといった様子だった。
これらの服は全て、私が思いつきでデザインしたものなのです。けれど、彼女たちの協力なしには完成しませんでした。
特にこちらの、レベッカの手による刺繍がなければ、このドレスの魅力は今の半分にも満たなかったでしょう。
その答えを聞いた人々は、みな一様に驚いて、私たちのドレスや礼服に施されている刺繍をまじまじと見ていた。
そうして次に私を見て、感嘆の笑みと共に賞賛の言葉を浴びせる。そんなことの繰り返しだった
あの時の人々の目つきを思い出しながら、ほうとため息をついた。
「……今日一日で、一生分の褒め言葉をいただいた気がします……あんなに褒められると、落ち着きません……」
まだ夢の中にいるような心地でぼんやりしていると、コーニーが笑いかけてきた。彼もまたちょっと浮かれているのか、いつもより楽しそうだ。
「ふふ、私は嬉しいですよ。あなたのその見事な腕前が、他の方々にも認められたのですから」
熱っぽくそう言って、コーニーは席を立つ。そしてなんと、私の前にひざまずいた。
「あなたにめぐり合わせてくれた偶然に、感謝します」
彼は、そのまま両手をそっと握ってくる。
「この手が、ただの布を素晴らしい絵画へと変えていく……まさに、奇跡の手です。それに、できあがったドレスをまとうあなたは、それはもう愛らしくて……」
コーニーは柔和な美貌にうっとりとした笑みを浮かべて、まっすぐに私の目を見つめている。
彼の目はきらきらと輝いていて、頬は淡く赤みを帯びていて……思わず、どきりとしてしまった。
「お兄様、レベッカが困っていますわ」
苦笑気味のロージーの声に、コーニーがはっと我に返ったように目を見張った。それでも私の手を握ったまま、軽く首をかしげてうなずいていた。
「ああ、申し訳ありません。けれどそれだけ、私は嬉しくてたまらないんです。レベッカ、他ならぬあなたに出会えたことが。どうかそれだけは、分かってくださいね」
「……はい」
コーニーの優しい言葉に、胸がいっぱいになってしまって何も言えない。どうにかこうにか、それだけを口にした。
あふれてきそうになる喜びの涙を、こっそりとこらえながら。
それからも私たちは、次々とドレスと礼服を仕立てていった。毎日三人でお喋りしながら。そうしてできあがった衣装をまとって、あちこちのお茶会や夜会に顔を出す。
とはいえ、ロージーは療養中の身ということもあって、しょっちゅう動き回るのは難しかった。
そんなこともあって、私とコーニーの二人だけで出かけることが自然と多くなっていた。
ロージーがいないのは寂しかったけれど、それでも楽しかった。
たくさんの人たちに褒めてもらえるのもそうだけれど、夢が形になって満足そうなコーニーの顔を見ているのは、とても幸せだった。
こんな形で幸せが舞い込んでくるなんて、少し前までは思いもしなかった。コーニーと引き合わせてくれた偶然に、私も心の中で感謝していた。




