14.新しい居場所
そうして、私はコーニーの屋敷に滞在することになった。屋敷の客間で寝起きし、昼間は庭を歩いたり、コーニーやロージーとお喋りしたり。
アレク様と結婚する前と同じような、いや、それ以上に平穏な時間がゆったりと過ぎていった。
「ふふ、あなたがここに滞在してくれて嬉しいですわ。わたくし、小さな頃から何度もここに療養に来ていますけれど、今までで一番楽しくて」
私がここに来て一週間ほどが経ったある日、ロージーがお茶を飲みながらうきうきとそう言った。
「そうですね、ロージー。私たち二人だけですと、どうしても話題も偏ってしまいますから。こんなに愛らしくて、楽しく話せるお客人に来てもらえるなんて幸運でした」
その言葉に、ふと疑問がわいてくる。話し相手が欲しいのなら、誰かを呼べばよさそうなのに。
二人ともいい家の人間のようだし、人当たりもいい。さぞかし友人も多いだろう。話し相手に不自由しているようには、どうしても思えなかった。
思わず首をかしげていると、ロージーがくすりと笑った。
「実はわたくしがこうして療養していることは、秘密なんですの。わたくしがここにいることを知っているのは、家族や、ごく近しい友人だけですわ」
「ですから、中々友人を呼ぶことができないのです。その……ここで療養していることが公になれば、少し……面倒なことになりかねませんから」
コーニーは困ったように微笑みながら、説明してくれた。
ロージーは昔から少々体が弱く、病気がちではあった。でもそれはどちらかというと気疲れからくるもので、こうして人の少ないところでのんびりしていれば、じきに回復するのだそうだ。
でも、彼女が療養していると知られたら、ご機嫌うかがいの貴族たちが次々とやってきてしまう。というか、過去に本当にそうなったことがあったのだそうだ。
「あの時のことを思い出すだけで、今でも震えがきてしまいますわ。わたくしはゆっくりしていたいのに、お見舞いの品を持ってきた貴族が次々と駆け付けてきて……馬車が列になっているのを見た時は、気絶しそうでしたわ」
ひとまず、二人がこんなところで静かに過ごしている理由は分かった。
でも、療養していることがばれただけでそんなことになるなんて、やはりコーニーとロージーは、かなりいい家の人間なのだろう。今までに何度も思ったそんな感想は、もはや確信に変わっていた。
「あの時は、ひとまず私が応対して穏便にお引き取りいただいたのですが……」
「……人の気配とたくさんの馬車の音だけで、また体調が悪くなってしまいましたわ。せっかくよくなっていましたのに、もう」
ロージーはその時のことを思い出しているのか、可愛らしい唇をとがらせていた。けれどすぐに、また愛らしい笑みを浮かべてこちらを見る。
「でも、あなたとわたくしたちが友人同士だと知っている方はおりませんわ。こないだの舞踏会では、わたくしもお兄様も正体を隠していましたから」
「それに、あなたがここにいることを知る人もいないでしょう。ですから、どうぞ気兼ねなくのんびりと過ごしてくださいね」
「けれど、皮肉なものですわね。わたくしたちとレベッカの関係が公になっていないからこそ、こうして一緒に過ごせるというのも」
しみじみとそう言って、ロージーは切なげにため息をついた。
「……療養が終わってここを去ってからも、彼女とこうしてお喋りしていたいですわ。離れたくない」
「ロージー、私もです。……できることならこのままずっと、ここで三人で過ごしていたいと思えるくらいに毎日が楽しいですから」
コーニーも、悲しそうにうなずいている。その様子からは、二人が心から私のことを歓迎してくれていることがありありとうかがわれた。
胸がいっぱいになって、目頭が熱くなる。こらえきれずに、涙が頬を伝った。
「まあ、レベッカ!? どうなさいましたの?」
「大丈夫ですか?」
身を乗り出して心配してくれた二人に、何でもないと笑顔で首を横に振る。なおもぽろぽろと涙を流しながら。
「二人とも、ありがとうございます……こんな風に、誰かに必要とされていることが嬉しくて……ただ、本当にそれだけですから……」
アレク様は、一度たりとも私のことを必要としてくれなかった。あれこれと頑張ってはみたけれど、駄目だった。
むしろそうやってあがけばあがくほど、彼は私のことを疎んじるようになっていた。
でもコーニーとロージーは、私のことを受け入れてくれた。友人と呼んで、屋敷に住まわせてくれて。
二人の温かい気持ちに包まれながら、私はただ静かに泣き続けていた。
しばらくそうして泣いた後、ふと我に返った。
私はロージーに背中をさすられ、コーニーに手を握られていた。その吐息が私の髪を揺らすほど近くで、二人はこちらをのぞきこんでいたのだ。
「あ、あの、二人ともありがとうございます。その、もう大丈夫ですから……」
そう声をかけたけれど、二人は動かない。恐ろしく真剣な目をして、互いにうなずき合っていた。
一呼吸おいて、ロージーがやけにきっぱりと言い放った。
「レベッカ、あなたに折り入ってお願いがあるんですの!」
「お願い……って……」
「今度はわたくしに、ドレスを作ってくださいな。わたくしのためだけの、とびきりのドレスを」
そう宣言したロージーに目をやって、コーニーが言葉を続ける。
「ロージーは体が弱いということもあって、コルセットで強く体を締め付けることができないんです。それに、ドレス自体が重たくなるのも好ましくありません。しかしそうするとどうしても、地味なドレスになりがちで」
仮面舞踏会の時に彼女が着ていた、若い女性にしてはおとなしいデザインのドレスを思い出す。
「私は、コルセットがなくとも着られるドレスのデザインをいくつも描き上げています。けれど、それは流行りのドレスとはまるで違うものになってしまいました」
今度は、前にコーニーが見せてくれたたくさんのデザイン画を思い出した。確かにあれは、どれもこれも流行のものとは大きく違っていた。ごてごてしていなくて、私は好きだけれど。
「さすがに、これをロージーに着せて社交の場に送り出すのはどうかと思う、両親はそう言っていい顔をしなかったのです。周囲の人々からどんな目で見られるか分からない。それが主な理由でした」
そこまで語って、コーニーはにっこりと笑った。
「けれど、先日あなたと完成させたあのドレスのおかげで、もうそんなことを気にする必要もなくなりました」
晴れやかに誇らしげに、彼の声が響く。
「仮面舞踏会の参加者たちは、みなあなたの姿に目を見張り、そして見とれていました。コルセットも、重たいスカートもないあのドレスを称賛していました」
「お兄様の変わったデザインの魅力を、あなたの見事な刺繍が十二分に引き出していて……わたくしも、思わずため息が出ましたわ」
あの時のことを思い出しているのだろう、ロージーがうっとりと微笑む。
「周囲からも『あれはどこの仕立て屋が作ったのだろう』とか、『私も着てみたい』などという声がたくさん聞こえてきましたもの」
「私からもお願いします、レベッカ。ロージーのためのとびきりのドレスを、私と一緒に作ってください。あなたの力が、どうしても必要なのです」
二人が突然こんなことを言い出した理由に、見当はついていた。
さっき私は、誰かに必要とされていることが嬉しいと、そんな本音をこぼしてしまった。
だから二人は、私のことが必要なのだということを分かりやすく示そうとしてくれたのだと思う。
それに、あれこれと手を動かしていたほうが気もまぎれる。自身も裁縫やらレース編みやらをこなす二人なら、そう考えてもおかしくはない。
「……はい。作りましょう、みんなで。ロージーのための、とびきり素敵なドレスを」
またちょっと涙ぐみそうになりながら、大きくうなずく。コーニーとロージーが、ほっとしたような顔で息を吐いた。
「ありがとう、レベッカ」
コーニーはほっとしたようにそう言って、それから小声でささやきかけてきた。まるで、内緒話でもしているかのように。
「……何があろうと、私もロージーも、あなたのことを大切に思っています。だからもう、そんな風に一人で思い悩まないでください」
彼は泣きそうな笑顔を見せていた。その向こうに見えているロージーも、同じ顔をしていた。




