12.とっても素敵な悪だくみ
コーニーの、私たちの最高傑作であるドレスと、そのドレスと対になる礼服ができあがってから二か月後。
私は旅の準備を整えて、馬車に乗っていた。目的地は王都。そこで、コーニーとロージーと落ち合うことになっていた。
たった一人で何日もかかる旅をすることを、とがめる者は誰もいなかった。
アレク様は、もうまともに口すらきいてくれなくなっていた。一応、少しの間留守にすると伝えてはみた。けれど返ってきたのは、「だからどうした?」というだるそうな返事だけだった。
ガレス公爵夫妻は、むしろ積極的に送り出してくれた。旅が気晴らしになればいいと、そう思っているようだった。
馬車に揺られながら、窓の外をぼんやりと見る。こんな風に泊りがけで旅をするのは、アレク様のところに嫁いできたその時以来だ。
あの時は、不安と期待でそわそわしていたなあと、ふとそんなことを思い出す。まさかこんなことになるなんて、かけらほども思ってはいなかった。
一瞬悲しさがよぎったけれど、すぐに気を取り直した。今回の旅では、間違いなく素敵なことが待っているのだ。落ち込んでいるなんて、もったいない。
これから起こるだろうことに思いをはせて、一人ひっそりと微笑んだ。
「ようこそ、レベッカ。あなたをここに迎えることができて嬉しいです」
「長旅で疲れたでしょう。ゆっくりしていってくださいましね」
それから数日旅をして、私は王都の一角にある屋敷にやってきていた。
ここもまた、コーニーとロージーの両親が所有する別荘のようなものらしい。二人は満面の笑みで、私を出迎えてくれた。
今まで一緒にドレスを作っていたあの別荘も、小ぶりながら上品なつくりの素敵な場所だった。でもこちらの別荘は、もっとずっと豪華だ。
やっぱりこの二人は、かなり上位の貴族だったのだなあと、改めてそんなことを思う。
私も今でこそ公爵家の一員とはいえ、元は最下位の男爵家の娘だ。気後れしないと言ったら嘘になる。
でも私は二人のことを大切な友人だと思っていたし、二人もそう思ってくれているという確信がある。
だから言葉に甘えて、くつろぐことにした。緊張しそうになったら、二人の笑顔を見ていればいい。
二人と一緒にお茶を飲んで、気軽にお喋りしているうちに、自分が不慣れで豪華な屋敷にいることも気にならなくなっていた。
二日ほどのんびりして、いよいよその日がやってきた。今日、私たちはあの最高傑作をおひろめするのだ。
メイドたちの手を借りて、普段よりも丁寧に化粧をして、あのドレスに着替える。髪もそれに合わせて華やかに結い上げた。ロージーが編んだレースの花を髪に飾れば完成だ。
「きゃあ、素敵ですわレベッカ!」
「ああ……似合う方に着ていただくと、ドレスの魅力もさらに増すのですね……」
こちらも準備を済ませたロージーとコーニーが、私の姿を見てうっとりとため息をつく。
コーニーは私のドレスと対になる白と水色の礼服で、ロージーはごく普通の、というより少し地味なドレスだ。
「わたくしはこれくらいでいいんですのよ。今日の主役は、レベッカとお兄様なんですもの」
どうやら私が思っていたことが表情に出てしまっていたらしい、ロージーが胸を張ってそう言った。
「人込みにまぎれ、そこから輝くようなあなたたちの姿をじっくりと目に焼き付けるのが、わたくしの今日の目的ですの……そのためにも、できるだけ目立ちたくありませんわ」
うっとりとした顔でそんなことを言っているロージーを、コーニーは苦笑しながら見守っている。それから、彼はこちらに向き直った。
「ふふ、それでは行きましょうか。レベッカ、お手をどうぞ」
「は、はい」
ちょっと緊張しながら、差し出されたコーニーの手を取る。ちょっとひんやりとしたその手は、不思議なくらい心地よいと感じられた。
それから少し後。私はコーニーにエスコートされて、王宮の大広間を歩いていた。今日はここで、仮面舞踏会が開かれるのだ。
参加者はみな仮面をつけて身元を隠す。舞踏会の間とその前後、みな自分の家名を口にしてはいけないという決まりになっている。
コーニーとロージーは元々招待されていたのだけれど、気乗りがしないので欠席するつもりだったらしい。でもこのドレスができあがったので、ここでお披露目してしまおうということになったのだ。
今、私たちは大きな仮面をつけている。柔らかい革を、羽やら宝石やらで飾り立てたものだ。口元だけは空いているけれど、それ以外のところはほとんど隠れてしまっている。
これなら、私を私と見分ける者もいないだろう。そもそもここに集まるのは比較的上位の貴族たちばかりだから、知り合いもいないし。
そんな訳で少々気が楽になった私は、周囲の人々の中からロージーを探そうとしていた。せっかくの舞踏会なのだし、どうせなら彼女とも話したい。
「ああ、ロージーは出てきませんよ」
きょろきょろしている私の意図をくみ取ってくれたらしく、コーニーがそう言った。ちょっぴりおかしそうなのは、気のせいかな。
「あの子は、ああ見えて結構すばしこくて……今日は私たちを眺めることに徹するのだと宣言していましたから、探したところで逃げられるだけです」
ふふと小さく笑って、コーニーが耳元でささやく。
「私では、話し相手として足りませんか? 私は、あなたと二人きりでとても楽しいのですが」
仮面で顔が隠れているせいか、コーニーがいつもより色っぽく感じられる。
普段は、柔和な目元のおかげで優しい人だという印象が強くなっている彼だけれど、今口元に浮かんでいる表情は、いたずらっぽいその声は、驚くほどの色気をはらんでいた。
ちょっとどきりとしたのをごまかすように、とっさに話題を変える。
「いえ、私もあなたとなら……その、そちらの礼服もよく似合っています。森のせせらぎのほとりに現れる妖精は、きっとこんな姿をしているのだと思います」
「ありがとうございます、レベッカ。私が妖精だというのなら、あなたは妖精の姫君ですね。花畑に舞い降りた、可憐で愛らしいお姫様」
そう言って、コーニーはまたしても色っぽく笑う。彼もちょっと浮かれているのかもしれない。
いったん気分を落ち着かせようとして、彼から目をそらす。その拍子に、周囲の人々の姿が目に入った。
豪華に着飾って仮面をつけた、たくさんの男女たち。彼ら彼女らは私とコーニーからちょっと距離を置いていた。
そのくせ、ちらちらと視線をこちらに向けてきている。その視線の先は、私のドレスとコーニーの礼服。どちらも今の流行とは大きくかけ離れたものなので、予想通り明らかに目立ってしまっていた。
どんな反応をしているのか、もっと近くで確かめてみたい。それはコーニーも同じだったらしく、彼は私をエスコートしたまま、素知らぬ顔で他の人々にゆったりと近づいていった。
と、ため息が聞こえてきた。それも、いくつも。それはまぎれもなく、感嘆のため息だった。
たくさんの視線が追いかけてくる。それに、称賛の言葉も。「あんなドレス、初めて見たわ」「でも素敵ね」「見て、あの見事な刺繍」「仮面舞踏会でなければ、声をかけて色々聞くことができたのに……」
そんな声を耳にして、コーニーとそっと視線を見かわす。彼の口元にも、私の口元にも、大きな大きな笑みが浮かんでいた。
彼の手を取って、並んで歩く。今まで感じたことがないほど、誇らしい気持ちだった。
それから私たちは、存分に仮面舞踏会を堪能していた。踊って、お喋りして、他の人たちの賞賛の言葉を山のように受け取って。あまりの楽しさに、あっという間に時間が過ぎていく。
そうしていたらロージーが、「よその殿方に口説かれてしまいまして……お兄様、なんとかしてくださいまし」とちょっとうんざりしたような顔で近づいてきた。
彼女は予定通りに人込みにまぎれていたものの、よその男性にうっかり目をつけられてしまい、どうしようもなくなってコーニーに泣きついてきたのだった。
結局その男性は、コーニーの説得により引き下がった。
コーニーは優しい。大切な妹を困らせている相手にも丁寧に接し、相手の気分を害さないように気をつけていたのだ。
好みの女性以外には居丈高に接することしかできないアレク様とは大違いだなと、ふとそんなことを思う。私への態度も、まるで逆だ。
そこまで考えて、ふるふると首を横に振る。こんな素敵な時間に、アレク様のことを考えるのはよそう。
最高のドレス、隣には素敵な人。普段は目立つことが苦手な私だけれど、今だけは人々の視線も気にならなかった。
こんな幸せな時間がずっと続けばいいのにな。仮面の下で、私はそんなことを考えていた。




