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11.私たちの最高傑作

 そんな一件を経て、私はアレク様に近づこうとはしなくなっていた。月に一度の面会も、距離を取ったままちらちらと彼の様子をうかがうだけ。


 彼と仲良くなることを、まだあきらめてはいなかった。でも今の私がうかつに動くと、きっと事態はより悪くなる。だから、しばらくは様子見に徹することにしたのだ。


 反面、コーニーやロージーとの仲はどんどん深まっていった。私たちの関係は友人、いや親友と呼ぶのが正しいと思う。


 ロージーに至っては「レベッカと話していると、まるでお姉様ができたように思えてしまいますの」などと言い出すようになってしまった。


 彼女が十九歳で私が十八歳だから、姉というなら彼女のほうだと思うけれど。


 そんなこんなで、気づけば二人と出会ってから数か月が経っていた。




「ああ、ついに、完成しました……私が思い描いていた、まさにその通りのものです……ありがとう、レベッカ、ロージー」


 感極まった声で、コーニーがうっとりとつぶやく。私たちの目の前には、ほっそりとしたトルソーに着せつけられたドレス。


 春の野のような優しい若緑色に、ところどころに陽光の黄色があしらわれた、普通のものよりもシンプルで細身のドレス。


 スカートには色とりどりの刺繍の花があふれ、短めの袖は美しくも軽やかな曲線を描いている。


 花盛りの野原とそこに吹き渡る風、さんさんと降り注ぐ光をそのまま切り取ってドレスの形にしたら、こんなものができあがるのではないだろうか。


 併せて作り上げた手袋は、春先の融け残りの雪を思わせる白色の、繊細で美しいものだった。


 その手袋には純白の絹に白い糸で刺繍をし、さらにところどころに透明なガラスのビーズが縫いつけられているのだ。


 しっとりと落ち着いた雰囲気ながら、角度によってきらきらと光を跳ね返していた。


 そしてその隣に、トルソーがもう一つ。こちらにはもっと大きな、男性用の礼服が着せつけられている。


 白と水色を基調とした、やはり細身ですっきりしたデザインの礼服だ。


 今の社交界では、男性の礼服もフリルやレースでごてごてに飾り立てることが多い。けれど目の前にあるこの礼服も、やはりそんな流行からは大きくずれていた。


 水の流れのような優しい曲線が刺繍で表現されていて、さらにあちこちに銀色のビーズがたくさん縫い留められている。まるで野原を流れる小川を思わせる、軽やかで涼やかな雰囲気だ。


 最初、こちらの礼服を作る予定はなかった。しかしドレスを作っている最中に、コーニーが突然デザイン画を描き始めたのだ。ドレスと対になる礼服が浮かびました、といきなり叫んで。


 そうして彼が猛烈な勢いで描き上げたデザイン画を見て、私とロージーは二人そろって歓声を上げた。


 そして私たちは「お兄様、せっかくだからこちらも作ってしまいましょうよ」「私も頑張ります。この二着が並んだところが見たいです」と口々に言った。その言葉に、コーニーはそれはもう嬉しそうに笑っていた。


 それから私たちは、互いに協力してこちらの礼服も仕上げていった。


 幸いこちらは、ドレスよりもずっと難易度が低かったのだ。とはいえ、コーニーのお眼鏡にかなうものを作り上げるには、結構苦労したけれど。


 でも、そんな苦労もとても楽しかった。アレク様に匂い袋を作っていた時とはまるで違う、とってもうきうきした気分で、私は針を動かしていた。


 そうして、一対のドレスと礼服ができあがった。


 デザイン画の段階でも十分過ぎるほど美しかったそれらの衣装は、まるでそれ自体がまばゆい輝きを放っているかのような存在感を持って、そこにたたずんでいた。


「お兄様のおっしゃる通りでしたわ……デザイン画から想像していたものとは、まるで違う……優しくて繊細で、きらきらしていて……『本当の完成形』は、こんなにも素晴らしいものだったんですのね」


 ロージーは二着の服を見ながら、うっとりとため息をついている。彼女に同意しながら、私も今までの努力の結晶を見つめた。


 私の胸には、あふれんばかりの満足感があった。でもその片隅に、ちょっぴり暗い気持ちも居座ってしまっている。


「ずっと見ていても飽きないくらいに美しいです……でも、これで作業が終わってしまうというのも、ちょっと寂しいですね」


 ためらいがちに、そんなことを言ってみた。私はこのドレスを完成させるまで、彼に力を貸すという約束になっていた。けれどこれで終わりにしてしまうのは、とても寂しかったのだ。


 するとコーニーが、やけに浮かれた顔をこちらに向けた。


「ならば、また新しいドレスに挑戦してみるというのはどうでしょう? 前に一部をお見せしましたが、デザイン画はまだまだあるのです。あれを全部作るとなると、何年もかかってしまいますが」


 ちょっと決まりが悪そうにそうつぶやいてから、彼はもう一度私をまっすぐに見る。いっそ痛いほどに純粋な、まぶしい視線に思わずたじろいだ。


「それにあなたと一緒に衣装を作っていけば、きっともっと新しいデザインを思いつけるに違いありません。あなたは私に、新しい世界を見せてくれる……できることなら、これからもずっと……」


 その言葉に、ぱっと心が軽くなる。まだこれからも、コーニーやロージーと衣装を作っていられる。二人に会える。


「は、はい! 私でよければ、喜んで!」


 私の返事は、自分でも驚くくらいに明るいものだった。コーニーもほっとしたように微笑んで、言葉を返してくる。


「それでは、これからもよろしくお願いします。……良かった。本当に良かった。私はあなたと離れたくなかったから……」


 コーニーは衣装のこととなると、少々我を忘れる癖がある。愛の告白と間違われても仕方のないようなそんな言葉を、うっとりとした表情で語られたのは、これで何度目だろうか。


 私の力を借りたいのだと必死に訴えかけてきた時。そして今。


 それ以外にも、彼は幾度となく私の手を取っては、うっとりとした目で見つめてきていた。なんと素晴らしい刺繍なのでしょう、あなたがいてくれて良かったと、そんなことを言いながら。


 さすがに、もう慣れて……はいなかった。彼が興味を持っているのは衣装と、それと私の刺繍の腕だけなのだと分かっていても、柔和な美男子である彼に迫られたら、さすがに動揺せずにはいられない。


 一生懸命に何でもないふりをして、穏やかな微笑みをコーニーに返す。


 と、二着の衣装をじっくりと見ていたロージーが、考え込みながら言った。


「本当に、見事なドレスと礼服ですこと……ねえ、お兄様、レベッカ。どうせなら、一度これをみなさまの前で披露してみません? わたくし、みなさまの驚く顔が見てみたいですわ」


 このドレスは、微調整すれば私とロージーの両方が着られる大きさだ。そして礼服の大きさは、コーニーに合わせてある。


 ドレスと礼服を他の人たちに見せたいということ自体は、賛成だった。斬新なデザインと美しい仕上がりに目を見開いて口をぽかんと開けている紳士淑女の姿が、目に浮かぶようだった。


 でもそれには、誰かがこの衣装を着てお茶会なり舞踏会なりに参加しないといけない訳で。衣装を見せつけるのなら、舞踏会のほうがいいだろうか。


 私はちょっと遠慮したい。この素敵なドレスに袖を通してみたいという気持ちはある。


 けれど既婚者である私は、夫以外の男性と舞踏会に出ることはできない。かといって、あの美しい礼服をアレク様に着せたいとは決して思えないし。


「でしたら、コーニーとロージーが着てはどうでしょうか? お二人は雰囲気も似ていますから、きっとそろいのお人形のような、とびきり美しい姿になると思いますよ」


 ひとまずそう提案してみたところ、ロージーがすぐに首を横に振った。


「わたくし、目立つのは苦手なんですの。あと、人込みも。それに、どうせなら……その衣装をまとったあなたとお兄様を、離れたところからじっくりと見てみたいですわ」


「ロージーは体が弱いので、人込みにいるだけで疲れ切ってしまうんです」


「それに、このドレスはレベッカのほうが似合うと思いますの」


 たたみかけるように言葉を重ねてくる二人に、力なく首を横に振る。


「でも、私がコーニーと舞踏会に参加するのは……さすがに無理があります」


 そう答えはしたものの、残念だなとも思っていた。この見事な衣装をまとって、コーニーにエスコートされて舞踏会に出る。それはとっても、心躍ることのように思えてしまったから。


「うふふ、それについては問題ありませんわ。わたくし、ちょっといい心当たりがありますの」


 ロージーがやけに楽しそうに笑い、コーニーに目くばせする。それだけでコーニーも何のことか理解したらしく、ああ、そうですねと言いながらうなずいた。


 それから二人は、私に説明してくれた。この部屋には私たち三人しかいないのに、なぜか声をひそめながら。


 二人の様子は、まるで悪だくみをしている子供のようだった。私もつられて、ついつい小声になってしまう。


「……ということですの。どうかしら、レベッカ?」


「緊張するけれど、面白そう。……でも、コーニーはそれでいいのでしょうか?」


「もちろんです。あなたとご一緒できれば、こんなに光栄なことはありません」


 そうして、私たちはみんなで笑顔を見かわした。これから、とっても面白いことになりそうだなと、そう思った。

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