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3.伯爵令嬢の採点結果

「お嬢さま。1年間、バカ息子の婚約者業務をお疲れさまでした。ようやく解放されましたね。今度は素敵な婚約者を見つけましょう!」


 侍女が明るい笑顔でガブリエラにお茶を出す。

 デニスが置いていった花は自室には飾りたくないので使用人の休憩室に飾ってもらった。


「それにしてもマイナス185点ですか? 救いようがありませんね」


 ガブリエラは肩を竦め何かが細かく書かれた紙を取り出した。

 そこには『婚約者様の採点表』と書かれている。


 デニスは婚約をしてからの1年間で複数の浮気をしている。そして今回はガブリエラが目の前で目撃しているのに、なぜ許されると思ったのだろう。花束を差し出した笑顔のデニスを思い出すとイラッとする。


 この婚約はフォーゲル公爵から懇願されてなったものだ。ガブリエラは学園でも優秀で才媛と名高かった。勉強が楽しくて2年ほど留学していた。そして帰国するなり父に婚約を決めたからと言われる。

 ガブリエラには公爵家の嫡男としての自覚に欠けるデニスを伴侶としてサポートして欲しいとのことだ。自覚が欠けているだけなら少しずつ意識改革をすればいいが、彼は楽で簡単な話にすぐに乗って騙されることが多いらしい。それはサポート以上のことを望まれている気がする。

 最初、ガブリエラは反発した。サポートという名の愚息の押し付けではないかと。自分の意見や好みは無視なのかと。

 幼いころからお世話になっているフォーゲル公爵様は真面目で優しく愛妻家で誠実な人である。その人の息子がどうしてこうなった?

 ガブリエラの父は学生時代、フォーゲル公爵に助けられたことがありその恩義を返したいと、ガブリエラの反発を無視して婚約を結んでしまった。恩は娘を使わず自分で返してほしいものだ。


 仕方なく条件を付けた。

 デニスがそれなりに努力をするのならば婚約を継続し支え結婚を受け入れる。そうでないなら解消すると……。その判断をするために減点方式で採点する。もちろんいい所があれば加点もする。まず1年間は採点するために様子を見る事になった。100点満点中50点を下回ったら婚約は解消する。50点を上回ったら婚約を継続するという事でフォーゲル公爵と父とも合意していた。

 その結果、マイナス185点となった。加点要素が全くなく、減点し放題だった。まさかのマイナス! これはガブリエラすら予想していなかった。

 

 彼は最初から不誠実だったわけではない。優柔不断で自信なさげな人だったが物腰も柔らかくガブリエラにも優しく接していた。一生懸命だが微妙に上手くいかずに空回りするところは可愛い……といえないこともない。

 我儘で傲慢な男性よりも好感が持てるし、苦手なところは自分が支えればいい。気が弱い分操縦しやすいだろう。そう考え二人の婚約を前向きに捉えるようにした。とりあえず一緒にいれば恋心も発生しないこともないかもしれない…………。


 婚約を結んですぐの頃、デニスはあまりにもいい条件の投資話に手を出して大損をした。子供でも分かりそうなどう考えても詐欺のような話を信じてしまったことを思わず感情的に窘めてしまった。デニスはものすごく落ち込んで数日間寝込んでしまった。ガブリエラは言い過ぎたことを反省し、その後は態度を柔らかくすることにした。褒めて能力を伸ばすしかない! 失敗を叱って委縮させないよう大らかに許し些細なことでも誉めまくった。(私は母親か?)

 そうするうちに「許します」が口癖になってしまった。その結果、彼は調子に乗ってガブリエラの最も嫌う傲慢な男性になってしまった。(育児に失敗した気分である)褒めると伸びるタイプではなく図に乗る方だった。

 

 途中でガブリエラの頑張り方が間違っていることに気付いたが修正するのは手遅れだった。ほどほどに叱るのって難しいのね……。自分のしたことは結局独り善がりなだけだったと反省している。女性が従順なだけでは上手くいかない……男性を育てる大変さを痛感したガブリエラである。


 ガブリエラの家は伯爵家だが母は侯爵家から嫁いできたので高位貴族との縁も深い。更に母の姉、ガブリエラにとっての伯母は隣国の王家に望まれて嫁いでいる。当時の第三王子だ。第三王子の兄である王太子殿下が国王へ即位したと同時に臣籍降下し、今は公爵様だ。

 ランゲ伯爵家のことを知る貴族からはその伝手の多さや、投資で成した財産など縁を結びたがる要素が多く、ガブリエラの婚約者など探さなくても釣書が山ほど送られてくる。たとえデニスと婚約していてもだ。

 それが鬱陶しいのでデニスの思惑通り地味に振る舞い、せめて異性の目を引かないように過ごしていた。

 ガブリエラは採点表を読み上げる。


「その一。贈るドレスがあまりにも地味すぎる。装飾もなくセンスなし。マイナス20点。デニス様の瞳の色だからって飾り気のない茶色いドレスばかり贈られても……。せめて素敵なリボンとかコサージュくらいはつけて欲しいわ。首までしっかりと隠れていつも家庭教師気分で夜会に行っていたのよ」


 地味でもいいがいくらなんでもやり過ぎだろう。


「ええ。贈られたドレスをお嬢さまに準備するたびに切なくて涙が出そうでした」


 侍女はしんみりと言う。


「その二。食事の作法が見苦しい。マイナス20点。何度も注意したのだけどへらッと笑って直さないのよ。1年間で全く上達しなかったわ」


「デニス様がお食事をされると食器の音が響きますし、片付けるとテーブルに食べこぼしが多くてあまりのマナーに言葉も出ませんでした」


 侍女は肩を竦めて同意する。


「その三。友人と私を貶める発言をしていた。マイナス20点。私を壁のシミって……。デニス様はもしかしてわざとシミに見えるドレスを選んだのかしら?」


「婚約者の贈り物としてあまりにも酷いです」


 侍女は憤る。


「その四。夜会の迎えの遅刻が多い。マイナス5点×5回=マイナス25点。約束が守れない人は仕事でも信用を得られないわ」


「女性を待たせるなど失礼です!」


「その五。ダンスの度に足を踏む。マイナス20点。まあ、これは私にも少し責任があるかも知れないわ。デニス様がぴったりくっつこうとするのを避けるせいで踊りにくくなっていた可能性があるもの。でも毎回足を踏まれるのは痛いのよ」


「お嬢さまのおみ足に怪我がなかったのがせめてもの救いです」


「その六。浮気相手の人数。マイナス20点×3人=マイナス60点。皆さんデニス様のどこをお好きなのかしら? 1年間で3人ってなかなか多いわよね?」


 他のことはともかくガブリエラは浮気だけは許すことが出来なかった。1回の浮気をマイナス20点で評価したが本心ではマイナス100点だと思っている。高位貴族であれば愛人の一人や二人受け入れろと考える人もいるだろうが、受け入れるくらいなら独身で結構だ。もうこれだけで婚約破棄したかったが、心を入れ替える可能性を残し約束の1年間は様子を見ていた。その結果、心を入れ替えるどころか浮気の相手が増えただけだった。

 

 デニスがいつものように誤解だと言い訳をできないように決定的な浮気現場に居合わせ目撃することにした。実際に目の前で見るとかなり不愉快だった。決定的な証拠を押さえたので婚約破棄の手続きがスムーズに進むだろう。そのために彼の動向を監視していた。彼はいつも同じ行動パターンで浮気をするので予想を立てるのは簡単だった。もう少し用心して行動するよう注意したくなるほどだった。しないけど。


「デニス様の唯一の長所は爵位です。公爵を継ぐのであれば愛人がいてもいいだろうとお考えの令嬢が多かったようですね。私だったら取柄が爵位だけでは体を許す気にはなりませんわ」


 侍女は苦虫を噛み潰したような顔で辛辣にデニスを評した。


「その七。浮気相手に貢ぎすぎ。マイナス20点。浮気相手の令嬢たちは素敵なドレス着ていたわね。私のものよりずっと……」


 ガブリエラは遠い目をしてぼやいた。


「お嬢様に贈ったドレスより浮気相手のドレスの方が高いってどういうことなのかしら! あまりにもバカにしていますわ。私くやしくって……」


 侍女は怒りのあまりに涙ぐんだ。


「その結果、合計マイナス185点! これなら速やかに婚約破棄できるはずよ。昨日のうちにこの採点の写しと婚約破棄に関する書類をフォーゲル公爵様に送っておいたからあとは返事を待つばかりね。明日にはお父様が旅行から戻られるから書類にサインを貰いましょう」


 採点結果を読み返して思ったがデニスは公爵子息としての勉強をしていたのだろうか。

 なかなかなクズっぷりだ。それも、もう自分には関係ないが。

 ガブリエラは今夜から憂いなく安眠できるとホッとした。デニスの行動は社交界の女性の間でも悪い意味で評判だった。婚約者であるガブリエラは肩身が狭くお茶会ではその話をされないように気配を消していた。


 もうこれからは自分の好きなドレスを着て自由に外出ができると嬉しくなった。デニスはどうも束縛傾向にあるらしく、ガブリエラが彼に断りなく外出することを嫌がり出かける時は常に彼も同行した。少しでも露出のあるドレスはあからさまに嫌がり、若い子が好まない堅苦しいドレスばかり勧める。おしゃれが楽しめなくて寂しかったのだ。そのストレスでやや不眠症ぎみだったが今夜からはぐっすりと眠れるだろう。


「お茶のお代わりをお願いできる?」


「はい。お嬢さま。お菓子も用意しますね」


 侍女は手際よく準備をする。

 そうしてガブリエラは穏やかなお茶の時間を過ごした。




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