新田陵 1
「せんぱーい!今日飲みいきます?」
「わりぃ。今日は帰るわ。」
「え~!最近ずっと来ないじゃないですか~。」
「ちょっとな……」
「じゃあ今度は来てくださいよ!?」
「はいはい…あんまり羽目外しすぎんなよ?」
ここ2ヶ月くらい後輩からの誘いを断っている。
特に用があるわけではないが、なんだか騒ぐ気分になれないのだ。家のベランダで一人静かに飲む。
それが日課になっていたが、寂しさも残る。
なので今日は居心地の良いバーでも探しに行こうと今、決めた。
決してめんどうだから誘いを断った訳ではない。
ちゃんと用があるんだ。うん。
「お先に失礼します。お疲れ様でした。」
「はい。新田くんおつかれ~。」
いつも笑顔の部長はいつも帰り際に飴をくれる。
今日はミルク飴だ。かわいいな。
会社を出ると都会の喧騒に包まれた。
高校生までは、田んぼと山しかない田舎に住んでいて、喧騒といえば田畑を耕すトラクターと、夏に開催される、蛙の合唱コンクールくらいのものだった。大学進学と同時に上京したとき、東京はまるで別世界のようで、馴染めるか不安でしかなかった。今ではむしろ地元のほうが余程メルヘンに思える。
そんなことを考えながらいつもの道を歩いていたときだった。細い路地の入り口に1本の蝋燭が落ちているのを見つけた。いや、でも燭台に刺してあるから置いてあるのか?
なんなんだこれは?と暫くその炎を見つめていたが、ネオンの中で揺らめく蝋燭は魅力的で、もっと綺麗に見たいと思い、燭台を手に取って、暗い路地に入って行った。
「あら?お客さんかしら?」
蝋燭の光を頼りに暫く暗い路地を進んでいたら、透き通る陶器の用な声がそう言った。
よく目を凝らして見たら、黒猫を抱いた女性が花のような笑顔を浮かべてこちらを見ていた。
不思議と怖くはなかった。