第4章 「肉食モスマン、大空に散る!」
さやま遊園から連れ去られ、危うく肉食モスマンの餌食にされかかっていた少年の身柄は、私と京花ちゃんの連携が功を奏して無事に保護出来たんだ。
取り敢えずは安心だね。
しかしながら、油断は禁物。
私達には、特定外来生物駆除という大仕事が残っていたんだよ。
「気を抜くなよ、ちさ。言うなれば私達は、あのモスマンの獲物を横取りしたんだからな。奴は必ず仕掛けてくる。」
「そこを返り討ちにするんだね!任せてよ、マリナちゃん!私もレーザーライフルも、まだまだ暴れ足りないんだ!」
保護した少年の事は京花ちゃんに任せて、私とマリナちゃんは改めて気を引き締めたんだ。
腹を空かせた手負いの野獣は、怒り狂っていて危険だからね。
「キイィ〜ッ!!」
噂をすれば影が差す。
けたたましい奇声を上げて、肉食モスマンが武装ヘリ目掛けて猛然と突っ込んで来たんだ。
スタミナの枯渇なんて気にしていないのか、その羽ばたきは殊更に荒々しいし、大きな赤い目には狂的な光が宿っている。
手傷を負わせて獲物を横取りした私達を、心底憎んでいるみたいだね。
しかしながら、備えあれば憂いなし。
その逆襲を予期していた私達にとって、肉食モスマンは単なる手負いの獣に過ぎなかったんだ。
「獲物を横取りされて御立腹かい…?食事にありつけなかったからって、そんなに怒るんじゃないよ…」
切れ長の赤い両目を更に細めながら、マリナちゃんは大型拳銃の撃鉄を静かに上げた。
「私達が存分に、御馳走してあげるんだからさ!」
次の瞬間、乾いた銃声が立て続けに鳴り響き、血に濡れた漆黒の羽毛が大空にハラハラと舞い散った。
「ほらほら!鉛玉のフルコース、なかなかの珍味だろ?」
端正な美貌に酷薄な微笑を浮かべて、肉食モスマンの急所を撃ち抜いていくマリナちゃん。
翼の付け根に足首、それに内臓の集中する腹部。
狙った場所に的確に着弾するんだから、本当に凄い腕前だよ。
「ピギィッ!ギィッ!」
身体の各所に銃創を穿たれる度に、死にかけのネズミかコウモリみたいな断末魔の絶叫を上げて、モスマンが身を震わせる。
交通信号機みたいに赤くて大きな目を潰された時は、特に物凄い悲鳴を上げていたね。
残酷なように見えるかも知れないけど、モスマンやチュパカブラみたいな特定外来生物は生命力が飛び切り強いから、徹底的に身体を破壊しておかないといけないんだ。
「私の奢りだ、そう遠慮すんなって!」
「ピギッ…!」
頭部に向けた連続射撃は、特に念入りだったね。
脳天を穴だらけにされた肉食モスマンは、最期に何を思ったんだろうな。
「よし、トドメは譲ってやる!ビシッと決めろよ、ちさ!」
「プリマは私だね!任せてよ、マリナちゃん!」
苛烈なヘッドショットを決めたマリナちゃんの後を受け、私はレーザーライフルの狙いを定めた。
ここまでお膳立てして貰って、しくじる訳にはいかないよ。
「出し惜しみは無しだよ!レーザーライフル・拡散モード!」
銃口から放射された極太光線が、空飛ぶ特定外来生物の死体を瞬く間に消し炭へと変えていく。
肉食モスマンの体内に残っていた寄生虫や細菌も、まとめてイチコロだね!
こうしてカサカサの焼死体と化した特定外来生物は、事前に人払いをしておいた大仙公園の片隅へと、真っ逆さまに落ちていったんだ。
後は待機中の処理班の仕事だね。
モスマンの亡骸は目標地点へ無事に墜落し、処理班による回収作業も速やかに開始された。
特定外来生物の駆除作戦も、無事に一件落着だね。
「うっ…!ああっ…」
そうしてヘリのドアを閉めた私とマリナちゃんは、保護した少年が呻き声を上げている事に気付いたんだ。
「その子の意識が戻ったのか、お京?!」
「そうみたい!この子、思ったより元気そうだよ!」
二人の遣り取りを聞いて、私はホッと胸を撫で下ろしたんだ。
いくら特定外来生物を駆除出来たとしても、犠牲者が出たら後味が悪いもん。
「あれ…ここは何処なんだ?俺は確か母ちゃんと一緒に、さやま遊園に来ていたのに…」
意識を取り戻した男の子は、不思議そうに辺りを見回していたんだ。
さっきまで気を失っていたんだから、仕方ないよね。
それにしても、モスマンに掴まれていた時は気付かなかったけど、この男の子って随分とガタイが良いんだね。
肩幅が広くて胸板は厚くて、まるで少年力士かジュニアレスラーだよ。
「君、大丈夫?お名前や学校は、ちゃんと言えるかな?」
「堺市立榎元東小学校三年一組、鰐淵仁志。父ちゃんと母ちゃんは、鰐淵酒販って酒屋をやってる…」
京花ちゃんの問い掛けに、男の子は戸惑いながらも応じている。
どうやら意識はハッキリしていて、命に別状はないみたいだね。
「榎元東小と言ったら、マリナちゃんや京花ちゃんの母校だよね?」
「まあな、ちさ。奇遇な事もあるもんだよ。」
京花ちゃんの事情聴取を見守りながら、私とマリナちゃんはこんな事を話していたんだ。
こんな他愛もない雑談に興じる事が出来るのも、ひとえに男の子の無事を確認出来てこそだよ。
「そっか…姉ちゃん達が俺を助けてくれたんだな!ありがとう…本当にありがとうな!」
遊園地で遊んでいたらモスマンに拐われた事と、今の自分が人類防衛機構のヘリに保護されている事。
この二つの事実を事情聴取の過程で知った男の子は、被っていた野球帽を脱ぎ、一礼して私達に感謝の意を示したんだ。
ガキ大将っぽい見た目に似合わず、素直な良い子なんだね。
「鰐淵君が無事で何よりだよ。だけど私達、君には謝らないといけないんだ。これから君を病院に搬送しないといけないから、遊園地はお流れになっちゃうんだよ…」
いくら元気そうとはいえ、モスマンに掴まれた状態で、高度数百メートルの上空を連れ回されていたんだからね。
ところが鰐淵君は、太い首を小さく左右に振り、丸っこい顔に軽く微笑を浮かべたんだ。
「良いんだ…気にしないでくれよ、特命遊撃士の姉ちゃん達。生きていれば、遊園地なんてまた行けるんだからさ。それより姉ちゃん達、あのモスマン野郎から俺を助けるために危ない橋を渡ったんだろ?謝るのは俺の方だよ。」
休日が台無しになった事を嘆かないばかりか、私達に対する気遣いも出来るなんて、年の割には出来た子だよね。
親御さんの教育が良いんだろうな。
「だけど俺、感激だよ!俺、ヘリコプターなんて乗るの初めてだからさ!帰ったら父ちゃんと母ちゃんに自慢出来ちゃうぜ!」
そうして窓際に歩み寄んだ鰐淵君は、眼下に広がる景色を興味深そうに覗き込んだんだ。
「すっげぇ!ビジターセンターで見た空撮映像そのまんまだぜ!」
「病院に着くまで、ゆっくり眺めててね。鰐淵君のお家や学校も、見えるかも知れないよ。」
京花ちゃんったら、スッカリ鰐淵君のお姉さん気取りだね。
だけど、こういうのも良いかも知れないなぁ。
「どうした、ちさ?そんな満ち足りたような顔しちゃって。活躍し過ぎて達成感に浸っているのか?」
「そんな所かな、マリナちゃん。」
茜色に染まる堺市上空を、武装ヘリの荒鷲1型が悠々と飛んでいる。
その頼もしいプロペラ音は、管轄地域住民の未来と幸福を守るために尽力した私達を、高らかに讃えてくれているように感じられたんだ。




