第3章 「絆の連携で人命救助にあたれ!」
かくして新たな使命を帯びた荒鷲1型は、堺市上空の哨戒飛行を継続し、その後部搭乗員である私達にも、日頃の訓練の成果を発揮する機会が訪れたんだ。
単なる害獣駆除だけならまだしも、今回の作戦には人の命がかかっているんだから、万一にも失敗は許されないよ。
だからこそ、作戦行動前の準備も特に念入りにやらないとね。
「弾倉の一発目は、空砲から実弾に換えておかないとな…お京、命綱は大丈夫か?」
「万事御心配なくだよ、マリナちゃん!」
救助作戦の要を担う青いサイドテールの少女は、愛用する大型拳銃の弾丸を換装したマリナちゃんに快活な笑顔で応じた。
「私はともかく、救助した男の子が落っこちたら洒落にならないからね。」
誇らしげに腰へ手を添え、朗らかに笑う京花ちゃん。
肩と腰へ装着された黒い安全帯は、真っ白い遊撃服の良いアクセントになっていたんだ。
京花ちゃんの細腰と武装ヘリの機体とを繋ぐ命綱のフックも、メタリックな輝きを帯びていて頼もしいよ。
「個人兵装の最終確認に抜かりはないか、吹田千里准佐?」
「はっ!勿論であります、和歌浦マリナ少佐!」
いかにも上官らしい口調に転じた、同期の親友。
その厳格な声色に呼応して、私の中のスイッチも切り替わった。
私人である吹田千里から、公人である吹田千里准佐へと。
「エネルギー残量に照準、いずれも異常無し。小職もレーザーライフルも、共に準備良しであります!」
そうして組み上げたばかりのレーザーライフルを用いた、捧げ銃の最敬礼。
この辺が、マリナちゃん達と私との間にある階級差の最たる物なんだよなぁ…
私も一日も早く、マリナちゃんや京花ちゃんと同じ少佐に昇級しなくちゃね。
そして佐官の証である金色の飾緒を、この遊撃服の右肩に頂くんだ!
とはいえ私の捧げ銃は、同期生の中でも特に美しいって評判だから、昇級したために披露の機会が減るのは、私としては少し惜しいけどね。
正義の意思と隣人愛、そして些細な出世欲。
若き防人乙女の様々な思いを乗せて飛ぶ武装ヘリは、ついに目下の標的と遭遇したんだ。
「敵影捕捉!機体前方十時の方向です!」
操縦席からの報告に、私達の身も自ずと引き締まるよ。
「見つけたよ、肉食モスマン!私達の管轄地域で、よくも好き勝手やってくれたね!」
機体の窓から目視で確認した敵影に、私は思わず悪態をついちゃったの。
大きな翼を悠然と羽ばたかせる、毛むくじゃらでズングリとした黒い巨体。
それは間違いなく、北米大陸の各地で害獣として忌避されている肉食モスマンの姿だったの。
そしてモスマンの鋭い鉤爪に掴まれている人影は、さやま遊園で消息を絶ったという少年だね。
緑色のパーカーに黒い野球帽という装いから察するに、スポーツ好きの活発な子なのかな。
手足をダランと弛緩させている様子から、少年に意識がないのは明白だった。
だけど、少年の内ポケットに収められていた携帯電話は、無事に生きていたの。
GPS情報のお陰で、少年を掴んだモスマンを捕捉するのは簡単だったね。
そして今からが、本作戦の正念場だよ。
「肉食モスマンだ!撃て、吹田千里准佐!」
「はっ!承知しました、和歌浦マリナ少佐!」
同級生にして上官でもある少女に応じた私は、レーザーライフルを構えて照準器を覗き込んだの。
直前に安全装置を解除していた我が愛銃は、その活躍の時を今や遅しと待ち焦がれていたんだ。
「照準合わせ…誤差修正プラス二度!」
高度数百メートルで飛行する武装ヘリから試みる、動く標的への精密射撃。
開け放たれたドアからは、冷たい風がゴウゴウと吹き込んで来て、ツインテールに結った私の髪を豪快に弄んでいる。
この状況、なかなかにハードだよ。
「目標捕捉!風良し、距離良し!」
だけど精神統一して邪念を排し、日々の射撃訓練で鍛えた腕前を信じれば、こんな悪条件なんて何でもないね。
後は照準器を覗く目と引き金に掛けた指に、全神経を集中させるだけ。
銃身が伝える確かな重量感と、引き金に力を加える時の静かな緊張感。
これこそ、狙撃の醍醐味だよ。
「レーザーライフル、撃ち方始め!」
引き金を引いた確かな手応えと、空気が焼ける独特の芳香。
そうして個人兵装の銃口から飛び出した真紅の光線が、空飛ぶ特定外来生物の足首へと真っ直ぐに吸い込まれて行った。
「ギイイッ!?」
そして次の瞬間、まるで罠にかかったネズミみたいな甲高い悲鳴が上がり、それまで悠然と風に乗っていたモスマンがグラリとバランスを崩したんだ。
「ギッ?!」
レーザー光線で大きく抉られた傷の痛みに悶えていたモスマンが、狼狽の鳴き声を上げている。
痛みと衝撃で鉤爪から力が抜け、折角の獲物を落としてしまったんだ。
人命救助における私の御役目は、まずまず成功みたい。
そろそろ選手交代だね。
「今だよ、京花ちゃん!男の子を助けるんだ!」
「よし来た!任せてよ、千里ちゃん!」
良い返事だよ、京花ちゃん!
曾御祖母様から受け継いだ防人乙女魂、今がその見せ所だよ!
「レーザーブレード・ウィップモード!」
裂帛の気合いと共に生成された真紅の光刃は、次の瞬間には靭やかなリボン状へと変化した。
ある時は光刃剣として闇を切り裂き、またある時は光の鞭として敵を打つ。
戦局に応じて複数の形態を使い分けられる多機能性こそ、京花ちゃんのレーザーブレードの真骨頂だよ。
「伸びろ、レーザーウィップ!」
主である少女士官の雄叫びに応えるかの如く、赤い光のリボンはグングンと伸びていく。
その鮮やかな軌跡は、まるで新体操のリボンみたいだったね。
「よしっ、捉えたっ!」
そして落下する少年の身体に追いついた次の刹那、真紅のリボンは少年の腰に巻き付き、そのまま全身を縛めたんだ。
「そ〜れっ!一本釣り!」
仕上げとばかりに手首のスナップを利かせ、レーザーウィップを巻き取る京花ちゃん。
新体操というより、これじゃバス釣りだね。
「くっ!?」
お腹に響く衝撃を伴い、荒鷲1型の機体が小さく揺れる。
レーザーウィップを操る京花ちゃんの動きだけじゃ、こうはならないよ。
「あんまり無茶するな、お京!操縦の手元が狂ったら厄介だぞ!」
「アハハッ、ゴメンゴメン!見てよ、マリナちゃんも千里ちゃんも!これが私の釣果だよ!」
揺れが収まった荒鷲1型の機内に、京花ちゃんの快活な笑い声が響いている。
その声に促されて見てみると、武装ヘリの床には少年の身体が横たえられていたんだ。