第1章 「大空を駆けろ!武装ヘリ・荒鷲一型」
古くはギリシャ神話のイカロスやレオナルド・ダ・ビンチ、新しくは二宮忠八やライト兄弟などなど。
多くの先人達が果てない夢を追ったのも頷ける程に、空の旅というのは実に心地良かった。
特に、市街地の上空をヘリコプターで飛ぶのは最高だね。
猛スピードで風を切っていくジェット戦闘機や、ホテル並みのサービスが自慢のジャンボ旅客機も、確かに相応の風情があるよ。
だけど、眼下に広がる市街地を一望する時の絶景感や、頭上で轟くプロペラ音の頼もしさ、そして機内に伝わる適度な振動の心地良さは、ヘリコプターの醍醐味だと思うんだ。
その上、今こうして私が搭乗しているヘリコプターだって、単なる民間機とは一味も二味も違うんだもの。
国際的防衛組織である人類防衛機構が保有する、武装ヘリの荒鷲一型だからね。
軍用機の証である国防色にペイントされた外観に加えて、無駄を削ぎ落としたストイックな内装は質実剛健な機能美に満ちており、搭乗している私も自ずと身が引き締まるよ。
何しろ私こと吹田千里は、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第二支局に配属されている、准佐階級の特命遊撃士だからね。
言うなれば、二度無き青春を都市防衛の大義に捧げる、誉れ高き防人の乙女。
防衛対象である管轄地域をヘリの窓から見下ろしていると、「眼下に広がる平和な佇まいを守るために、この戦友達と共に明日も力を合わせて戦い抜こう!」という崇高な思いが、自ずと湧き上がってくるね。
同じ堺県第二支局配属の友達と一緒に哨戒パトロールのシフトを出して、本当に良かったよ。
ところが、私と一緒にヘリに搭乗した特命遊撃士の友達は、ちょっと一筋縄ではいかなくてね…
「朝夕の風は秋めいて来たが、まだまだ紅葉は先みたいだな。見なよ、お京。あの大仙古墳の木々の青葉を。」
「ホントだ、マリナちゃん!これじゃ、私達がこの春に卒業した御子柴中学の校歌じゃない!『緑の古墳に大和川 自然と生きる私達』って歌詞が、自然と浮かんで来ちゃうよ。」
ほらね、これだもんなぁ…
堺市内に点在する百舌鳥古墳群や寺社仏閣などの名所旧跡を指差しては、まるで修学旅行に来た地方人の女学生みたいに黄色い声を上げちゃって。
「あ、あのさ…マリナちゃんも京花ちゃんも、ちょっとリラックスし過ぎだよ。私達、遊覧飛行じゃなくて哨戒パトロールに同行してるんだよ?」
正直言って、こんな小姑じみた進言は私の柄じゃないけどね。
だけど今みたいな物見遊山気分じゃ、ヘリの操縦桿を預かっていらっしゃる航空隊の御姉様方に申し訳が立たないよ。
「分かってるって、千里ちゃん。有事の際には空挺部隊代わりに降下して、事件の初動対応に従事する。この枚方京花少佐、此度の哨戒パトロールの本分は正しく弁えているよ。」
とはいえ、慣れない事は上手く行かないもんだね。
青い左サイドテールを揺らしながらケラケラと笑う京花ちゃんに、軽くいなされちゃったんだから。
「子供みたいな面に似合わず御堅いんだな、ちさ。その心構えは感心だ。だが、常に張り詰めてちゃ身が保たないぞ。暇な時には英気を養い、有事の際にはビシッと決める。それで良いじゃないか。」
もう一人の友達である和歌浦マリナちゃんにも、こんな風に流されちゃうし。
まあ、そもそも准佐階級の特命遊撃士である私にとって、少佐である京花ちゃんとマリナちゃんは直属の上官殿だからね。
あんまり強く言うのは、私としても気が引けちゃうんだよなぁ。
「もう…マリナちゃんったら、すぐ私を子供扱いして。同じ御子柴高の一年なんだよ、私達!階級だって、今は准佐だけど…すぐにマリナちゃん達へ追い付いてみせるもん!」
しかしながら、この同学年というファクターがあるからこそ、准佐の私は少佐であるマリナちゃん達に向かって、平時限定だけどタメ口を利けるんだ。
同学年としての友達付き合いを尊重する慣例を作って下さった諸先輩方には、感謝してもしきれないよ。
これで私が下士官の特命機動隊だったら、たとえ御子柴高校の敷地内や通学路であっても、二人には敬語を使わないといけないけど。
「悪い悪い、そうムキになるなって!にしても…ちさの見た目に似合わぬ堅物さは、何処から来たんだろうな?やっぱり下士官上がりの親御さんの、行き届いた躾の賜物かい?」
「えっ…?まあ、お母さんの影響がないかと聞かれたら、嘘になるけど…」
マリナちゃんの問い掛けに、私はツインテールに結った頭を掻きながら曖昧に笑って応じた。
将校である特命遊撃士に任官された私は、下士官止まりで予備役入りした母にとって、自分の果たせなかった夢の代行者という事になる。
お母さんの期待に沿うためにも、そして私自身の理想のためにも、みんなに尊敬される立派な将校さんにならないとね!
「それなら、私だって!私の曾御祖母ちゃん、大日本帝国陸軍女子特務戦隊の将校さんなのよ!」
白い遊撃服の胸をグッと誇らしげに張ったのは、青いサイドテールも眩しい京花ちゃんだった。
京花ちゃんの母方の曾御祖母様である園里香さんは、私達が所属する人類防衛機構の母体となった大日本帝国陸軍女子特務戦隊の軍人さんで、大恩ある上官殿を御守りするために名誉の戦死を遂げられた忠勇義烈の人なんだ。
そんな曾御祖母様の事を、京花ちゃんの御家族はみんな誇りに思っているし、京花ちゃん自身も、曾御祖母様みたいに正義を完徹出来る人になれるよう日々頑張っているんだよ。
「私、今度の堺まつりでは曾御祖母様の格好で大小路の大パレードに出演させて貰えるんだ!あの大正五十年式女子軍衣に身を包んで、みんなから『園里香少尉』と呼んで貰えるなんて最高だよ!」
そんな京花ちゃんの意識は、今年の秋に開催される堺まつりに飛んでいるみたいだった。
まあ、それも良いかも知れないな。
何せ私達の所属する人類防衛機構は、地域住民の皆様方との交流を育むために、管轄地域で開催される各種のイベントに積極的に協力しているからね。
「良いねぇ、堺まつり…地方人だった小学生の頃は、パレードを見たり屋台を冷やかしたりするだけでも楽しかったけど、特命遊撃士になってからは警備や安全管理とかの形で携わるようになって、運営側から見た面白さも分かるようになってさ…」
いつの間にやら私も、京花ちゃんの太平楽がうつったみたい。
いや、京花ちゃんのせいにしちゃ良くないかな。
私達の家や学校、そして配属先である第2支局の位置する堺県堺市。
その平和な佇まいをヘリの窓から眺めていると、色んな愛おしい思い出や何気無い出来事が浮かんできて、穏やかな気持ちになっちゃうんだ。
こういうのを、きっと「郷土愛」っていうんだろうな。




