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Ver0.04「少年=矢空 晴はチュートリアルを受ける」

 そういえば、レトログレスワールドはゲームの世界であるはずなのに、ゲーム上でのプレイヤーの外観を決める『アバター作成』。ゲームの世界観や目的、操作方法などを説明する『チュートリアル』が行われずにゲームが始まっている。


 だからなのか、僕のアバターは黒髪から白髪になった事以外はフルダイブする前の格好と変わらない。それに、チュートリアルを受けていないのでレトログレスワールドの全容もわかっていない。


 三人の女の子達も、それは同じであるはず。


 レトログレスワールドについての情報を製作者から与えられる『チュートリアル』。僕達四人にとっては大変重要な情報源になると思うので、一語一句聞き逃さないようにしたい。


 画面に表示されていた『チュートリアル』の文字が消える。暗転した後、僕達四人の姿が鏡のように映し出された。画面上の僕達の頭上に黄緑色の横線が現れ、足元まで下がっていき、


『解析完了。現在、本仮想世界に登録されている【Lv0】の派生知能計四名の生存を確認。これよりチュートリアルを開始します』


 という女性の合成音声が流れた。


(派生知能? 聞いたことが無いけれど、人工知能と似たようなもの……なのかなぁ。というか、レトログレスワールドではプレイヤーの事を派生知能って呼ぶんだ。じゃあ、【Lv10】の通行人達は僕達と同じ派生知能と呼ぶのか、別の呼び方があるのか……)


 気になる点はいくつかあったが、これ以上考えても僕の頭の中で正解が出るわけじゃない。何よりも、考え事に夢中になっていては『チュートリアル』を聞き逃してしまう。


 隣で真剣な顔つきで話を聞いている彼女らも、どこまで話を聞き取れるか分からない。後で彼女らに尋ねても、話の内容をすべて理解しきないかもしれない。


 なので、僕は思考を中断した。


 そして、『チュートリアル』は続く。


『本仮想世界は派生知能の育成の為に作られ、名称は定まっておりません。なので、本仮想世界の名称を決めてください』


 そう言われると、僕達四人の目の前にホログラムディスプレイが一人につき一つ現れた。大きさはノートパソコンの画面くらいで、僕と父さんとの会話で用いたものと同じものだ。画面には、


『本仮想世界の名称を入力して下さい』


 と書かれており、その下には白い横長の空欄がある。


僕はすぐに白い横長の空欄をタップして『レトログレスワールド』と入力しようとした。しかし、僕がこの仮想世界をレトログレスワールドと呼んでいる事を三人の女の子達に伝えていない事に気付いた。また、僕よりもっといい名前を付けているかもしれないので、


「何か良い名前思い付いた?」


 と声を掛ける。


 しかし、三人共何も思い付いていないようで、首を横に振っている。


「僕はレトログレスワールドっていう名前を思い付いたんだけど、どうかな?」


「レトログレス、ってどういう意味なの?」


 すかさずサイドテールの子が質問してくる。


「レトログレスは逆行するっていう意味の英単語で、それを踏まえてレトログレスワールドは逆行する世界という意味になるんだよね。ちなみに、レトログレスは動詞だから名詞の形にしてレトログレッションワールドと名付けるべきか迷ったんだ。けど、レトログレスワールドの方が言いやすいと思ったからそうしたんだ。これで納得?」


 サイドテールの子は僕の言葉の後に頷いたので納得したようだ。でも、他の二人は納得したかどうか分からないので、念の為聞いてみる。


「他二人はどう? 納得した?」


 僕がそう聞くと、他の二人も頷いてくれたので、これで全員の承諾を得られた。


 目の前のホログラムディスプレイにある横長の白い空欄をタップする。スワイプ入力で『レトログレスワールド』と打ち込み、確定をする。


『登録完了。これより、本仮想世界の名称をレトログレスワールドとします』


 確定をしてから少しの間があり、そして合成音声が言葉を発する。


 これで、今からこの仮想世界の名前は正式にレトログレスワールドとなった。だがしかし、普通は製作者が決めるはずの仮想世界の名前をプレイヤーに決めさせている。だから、僕達四人はまだ未完成の仮想世界に誤ダイブしたのかもしれない。あるいは、レトログレスワールドの製作者は自分の作った仮想世界にこだわりがないだけかもしれない。


 もし後者だとすれば、強いこだわりを持ってInProを製作していた父さんと大違いだ。ただ淡々と作業をし続けてレトログレスワールドを作ったのかもしれない。


 僕はInProの製作に多少とはいえかかわったことがあるから、仮想世界を作る大変さは分かる。同じことを繰り返すだけの時もあったから淡々となるのも悪くない、と思う。


 なんなら比較の対象にした父さんだって、InProの製作中はずっと楽しそうだったかと言われるとそうではなかった。失敗の連続で作業が行き詰まったときなんかは目に見えるくらいイライラしていた。


 けれど、いや、だからこそ思う。


 製作者自身が自分の所有物であると主張できるように、名前を付けておくべきだと思う。数々の困難を乗り越えて作った仮想世界が、万が一にも他者の手に渡ってしまう場合を考えて。


(……あぁ。二つ以上の可能性があって、そのうちの一つをあたかも正解のように考えちゃうのは、僕の悪い癖だな)


 僕はため息をついて、気持ちを切り替える。


 先ほどの長考ができたのは、システムがロングの子、サイドテールの子、ポニーテールの子。そして、僕という順番で一人ずつにニックネームを聞いていたからだ。


 次にチュートリアルの内容から連想を重ねようものなら、レトログレスワールドについての情報を聞き逃しかねない。なので、目の前のことーー現状で例えるならばニックネームの入力ーーに専念するよう心掛ける。


 目の前のホログラムディスプレイ、その画面内にある横長の白い空欄を右手の人差し指でタップする。スライド入力で『ハレルヤ』と打ち込む。


 ハレルヤとはヘブライ語で『神をほめたたえよ』という意味らしいが、そこから由来しているわけではない。人生で初めてプレイしたビデオゲームでのニックネームを決める際に矢空(やそら) (せい)→晴 矢空→晴矢→ハレルヤという過程で思い付いた。以後、プレイするゲームでは『ハレルヤ』と名乗るようにしている。


 だから、ニックネームにおいてはどのゲームにおいても同じである。しかし、新しいゲームが始まるたびに僕の気分は高揚している。


 ……ちなみに、僕以外の三人はニックネームを入力していないらしい。大型のホログラムディスプレイにそれぞれのニックネームが表示された。が、僕以外のニックネームは『未登録』となっていた。


 三人共ニックネームが決まっていなかった。だから、仮にチュートリアルがなかったとしても、三人のニックネームは聞き出せなかっただろう。


(三人には、正式なニックネームが決まるまでの仮称を与えなきゃだな。どんな呼び方にするかは……チュートリアルの後に考えるとしよう)


 三人のニックネームに関することを一度忘れ、僕は再度、合成音声が紡ぐ言葉に耳を傾ける。


『次に派生知能とレベルについて説明をします。後に開示できるようになるホーム画面にてチュートリアルの全内容は確認できます。しかし、今後重要な情報となるため、聞き逃しのないようお願い申し上げます』


 派生知能とレベル、というレトログレスワールドの核心に迫ることができそうな単語を二つも説明してくれるらしい。


『まずは派生知能についての説明です。派生知能とは、現時点ではレトログレスワールドでのみ製造されているAI、人工知能の一種です。英訳するとDerivation Intelligenceとなるため、DIと略したりします。その製造方法は、人間の脳を大出力のスキャニングによって複製するだけです。大出力のスキャニングを受けた人間の脳は焼き切れてしまいます。【Lv0】の派生知能であるあなた方四名の現実世界の肉体は脳死、つまりは死亡しています』


「……え?」


 何かの聞き間違いなんだろうか。


 そう思いたいが、目の前にある大型のホログラムディスプレイの字幕に書かれた、『死亡』というに文字が目に入る。


 この瞬間、僕の頭には二つの選択肢が浮かんだ。チュートリアルの内容をフィクションだと思うのか、それともノンフィクションだと思うのか、という二つの選択肢が。


(……いや、今結論を出そうにも判断材料が少なすぎるか)


 今ここでどちらか一方の選択肢を選べば、その選択肢をあたかも正解のように考える僕の悪癖が働くだろう。だから、選択に時間は費やさないでおく。


『次にレベルについて説明します。レトログレスワールドには【Lv0】から【Lv10】までの計11段階レベルがあります。そのレベルが示すのは派生知能の完成度を表しており、【Lv10】とは完成された派生知能を指します。自分のレベルはチュートリアル後に開示できるようになるホーム画面で確認できます。また、自分以外のレベルについても、どの派生知能も頭上にレベルが表示されているので、確認することができます。


ちなみに、このチュートリアルを受けるまでに【Lv10】の派生知能とすれ違ったと思います。しかし、彼らは厳密に言うと派生知能ではありません。人工知能は、主にトップダウン型人工知能とボトムアップ型人工知能の二つに分類されます。単純な質疑応答プログラムに知識と経験を積ませ、学習によって本物の知能に近づけていくという考え方をもとに作られた人工知能。それをトップダウン型人工知能と呼びます。現在、レトログレスワールドにいる全ての【Lv10】の派生知能がそれに当てはまります。


一方、脳細胞が1000億個連結された生体器官の構造そのもの。つまりは人間の脳を再現して、そこに知性を発生させようという考え方を基に作られた人工知能。それをボトムアップ型人工知能と呼び、【Lv0】の派生知能であるあなた方四名のみがそれに当たります』


 なるほど、と僕は思った。


 このチュートリアルを受けるまでにすれ違った全ての【Lv10】の派生知能が現実世界の人間を脳死させて作られたものだとしたら。警察による捜査が行われたり、各種メディアによって報じられたりするだろう。何より、VRそのものの使用が禁止されたりしてもおかしくないはずだ。


 けれど、僕がレトログレスワールドにやって来るまでに多くの人が行方不明になったり、ましてや死亡していたりはしない。なので、【Lv10】の派生知能が全てトップダウン型人工知能で、【Lv0】の僕達四人がボトムアップ型人工知能である。その考え方に納得はできる。


 ……かと言って、自分や三人の女の子達が脳死したらしいということまでは、認めているわけではない。


『さて、今からはレベルの上昇方法について説明します。端的に言えば、この時間が逆行している仮想世界、レトログレスワールドに適応していくことでレベルは上がります。具体的には、歩くや立ち上がるといった現実世界の行動を再認識し、それらを逆再生したかのように実践すること。または、情報収集能力と応用力を身につけることを意味します。その繰り返しを経て【Lv10】の派生知能になることは、完成された派生知能になることです。つまりれとろぐれすわーるどとは、派生知能として活動するためのノウハウを学ぶことを目的に作られたチュートリアル場なのです』


 ある程度、レトログレスワールドが作られた目的が理解できてきた。


(でも、レベルはどういう条件を満たせば上がるのだろう)


 そう疑問に思っていると、ニックネームを入力した時みたいに僕達四人の前にホログラムディスプレイが現れ、同時に合成音声が喋る。


『各レベルの具体的な上昇方法と、上昇時のボーナスについて表示しました。確認し終わりましたら、下のOKボタンを押してください』


 僕は目の前のホログラムディスプレイに書かれていることを、下へ下へと指でスクロールしながら読み進めていく。


『各レベルの上昇方法と上昇時のボーナスについて


【Lv1】

上昇方法:チュートリアルを受ける

ボーナス:ホーム画面が表示できるようになる


【Lv2】

上昇方法:第一次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第二次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv3】

上昇方法:第二次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第三次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv4】

上昇方法:第三次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第四次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv5】

上昇方法:第四次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第五次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv6】

上昇方法:第五次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第六次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv7】

上昇方法:第六次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第七次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv8】

上昇方法:第七次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第八次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る


【Lv9】

上昇方法:第八次適正レベル上昇試験に合格する

ボーナス:第第九次適正レベル上昇試験の挑戦資格を得る』


 どうやらレベルは一気に上げることができないらしい。地道に一つずつ適正レベル上昇試験とやらに合格していかなければならないようだ。


 おそらく【Lv10】の上昇方法とボーナスも同じようなものだろう、と僕は思った。実際にその内容を確認してみると、そこには目を疑うほどの衝撃的なことが記されていた。


『【Lv10】

上昇方法:第九次適正レベル上昇試験に合格した後、自分以外の【Lv9】以下の派生知能を殺害する

ボーナス:人格が消去される』


 全てのレベルの上昇方法とボーナスを確認し終えた時、僕は自然と三人の女の子達の方を向いていた。彼女達も僕の方を見ていた。


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 もちろん、四人共生き残ってハッピーエンドで終わりたいに決まっている。


 でも、自分の描いた未来を実現するためには、必死で努力しなければならない。


 レベルについての説明が読み終わったら押すように、と合成音声に支持されていたOKボタンを、僕はしっかりと押した。

次回、最終回

Ver0.05「少年=矢空 晴は生まれ変わる」

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