Ver0.01「少年=矢空 晴は見知らぬ世界で目を覚ます」
更新が遅いので何度も読み直してご意見、ご感想をいただきたいです。
あまり言うことがないのでありきたりな言葉で締め括らせていただきます。
初投稿です。宜しくお願いします。
「ねぇ、父さん。生きるって、どういうことなの?」
僕は、3歳の誕生日の日に、父さんにそう問うた。
「なんだその質問。じじくせぇ」
と返されたので一蹴されたと思っていたのだが、その後に面と向かって答えてくれたことを、今でも鮮明に覚えている。
「そうだなぁ。これはあくまで俺の考えだが、3つの条件が揃っている事だと思う」
「3つの、条件?」
「そう。心があることと、体があることと、そして自分が生きる世界があることだ」
父さんの言ったことが、僕にはよく分からなかった。
なんとなくで答えようとしたのかもしれないが、それでも妙な説得力を持っていた父さんの言葉の意味を、僕は今日、知ることになる。
今日とは、僕の三歳の誕生日からちょうど7年の月日が流れた、2030年8月16日。
つまりは、僕の10歳の誕生日。
僕は今、近所のスーパーで食材を買って、自宅兼父さんの職場である二天XR技術研究所に帰宅している。
そこは東京都に住まう大富豪、二天 森重が設立した難関私立大学、皆発大学の研究所の一つである。日々行われるXR(cross realityまたはextended realityの略称で、現実世界と仮想世界を融合する仮想現実=VR、拡張現実=AR、複合現実=MR、代替現実=SRの総称)技術の研究成果は高い評価を得ている。
ところで、齢10歳の僕がなぜ大学の研究所を自宅と呼んでいるのか。理由としては、父さんのもとでVRについての勉強をするために、住み込みという形を取ったからである。
およそ半年前、皆発大学で働くことが決まった父さんについて行こうと考え、小学校のリモート授業をサボらないことを条件に両親の許可を得て、現在に至る。
今日は土曜日なので授業はない。
だから、昼食を作れば前々から約束していた『発売前のVRMMORPG』をプレイできる。
高揚する気持ちを抑えられず、使用許可が出ているキッチンで野菜を切ってすぐに己の過ちに気付いた。
今日のメニューは親子丼だ。
ネギは入れない主義なので、切った野菜は玉ねぎである。
いつも通りレンジで温めていないので、硫化アリルが蒸発した。
「目がーっ!!!!!」
……要するに、僕は玉ねぎを切って目がやられた。
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数分後、玉ねぎをレンジで温めている間に目は回復したので、再度料理を始める。
玉ねぎを切って調味料と一緒にフライパンで煮ておく。
その間に、鶏肉を素早く一口サイズに切ったものを、三個の卵と一緒にフライパンにぶち込む。
グツグツと煮える具材たちを流し目で見ながら、食器棚からどんぶりを二つ取り出し、三分のニくらいまでご飯をよそう。
そして、その上にフライパンの具材を乗せれば完成だ。
(美味しそう、はやく食べたい)
と、その場で食べ始めそうな勢いを理性で止め、親子丼を運ぶことにする。
父さんのいる所長室とキッチンはドアなどの隔たりがないため、目標のテーブルまでの距離はあまりない。
なので、トレーの上に乗った親子丼をテーブルに置いてすぐに父さんに声をかける。
「父さん、ご飯できた……」
なんということでしょう、普段椅子に腰掛けている我が父が、布団の上で寝転がりだらけているではありませんか。
「って! 父さん何してんの!?」
「仕事ですけど」
「いや、ぱっと見サボりにしか見えないんですけど……。まぁ、いいや。ご飯にしよ」
「うぃ」
間抜けた声で返事をし、ゆっくりと布団から出てくる成人男性を横目に、こうならないように頑張ろうと決意する。
「お〜、親子丼か」
「そうだよ。食べやすいからいいでしょ」
「うむ」
「「いただきます」」
スプーンを手に取って、親子共々食事を始める。
元から会話が少ないこともあって、食事中は静かな時間が流れる。
賑やかな食事も好きなんだろうけど、僕はゆっくりと料理の味を嗜む方が好きかもしれない。
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「「ご馳走様〜」」
十数分後、どんぶりいっぱいの親子丼が矢空親子の腹に収められる。
寝入ってしまいそうな午後の空気が漂っていた。
いつもなら食器をすぐさま片付けるのだが、その合間に父さんは仮眠をとってしまう。
この昼休みの機会を逃せば、誕生日プレゼントを受け取る時間が遅れ、今日中に『発売前のVRMMORPG』を遊ぶことが出来なくなってしまう。
「ねぇ、父さん」
「どうした、…ってあぁ。今日だったな、晴の誕生日」
「うん。」
「わあった、分かったから。プレゼント渡すからついて来い」
「……!」
遂に、ついについについに、待ち侘びた時がやって来た!
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父さんのVRの研究に対する意欲はどこから湧いてくるのか、と問われると、VRゲームの進歩からだ、と自他共に答えるだろう。
元々、幼少期から買ったばかりのゲーム(ジャンルは主にRPG)を数日でクリアする事を生きがいとするハードゲーマーだった父さん。
故にある日、『もっと刺激のあるゲームじゃないとつまらない』と言えるほど販売されている殆どのゲームをやり込み、ゲームを制作し始めたことがきっかけで現在に至るそう。
なので、研究とはまた別にVRゲームを制作していた。
その第一作目が、今日渡される誕生日プレゼントの『発売前のVRMMORPG』で、タイトルは『IN PROGRAM WORLD』、通称InProだ。
ジャンルはジェネラルバトルゲーム。
各ジャンルで自身のアバターを育ててストーリーを進める『ジャンルモード』と、ジャンルモードで育てたアバター達が競い合う『ランキングモード』の主にこの二つのモードを兼ね備えたVRゲームの全てを詰め込んだ大作、だと僕は思っている。
『もし、このゲームが完成しそうになったら、ベータテストとして発売前にやらせてよ!』とねだり、渋々承諾を得た甲斐があって、今日プレイする事が可能となった。
いまやすっかり顔見知りとなった学生さん達が、目の前を歩いていく。
先程までいた所長室は、僕ら矢空親子が生活する場所だ。
その所長室から数歩歩いたところに扉、というよりはゲート、が目前に現れる。
その横で、父さんはカードを取り出し、かざしている。
キュイーン、と滑らかにゲートが開くと、そこには青白い光に照らされた薄暗い空間があった。
そう、この空間こそ二天近未来技術研究所だ。
僕は何回も入れてもらっているのに、足を踏み入れる度に興奮してくる。
まるで別の世界にやって来たような、そんな感覚がするからだ。
「おい、時間ねぇから急いでくれ。昼休みが終わっちまう」
その言葉にはっ、として早足の父さんを追いかける。
父さんの足が止まり、目前の背中が退かれると、そこには頭をすっぽり覆えそうな機械があった。
『ワールドエンター』
フルダイブ型VRマシン一号機であり、現在では最新型だ。
黒をメインカラーとしていて、これはバイクのヘルメットをモチーフとしていると、製造会社の人が言っていた記憶がある。
「僕もフルダイブデビューかぁ〜」
そう、僕はVRの勉強をしているにも関わらず、生まれてこのかたフルダイブを体験したことが一度もない。
というのも、理由は二つある。
一つは、学ぶ分野が違うため。
VRの勉強といっても、僕はワールドエンターのようなVRマシンについてはあまり学んでおらず、主にVRゲームの事について学んでいる。
要はゲームの作り方を学んでいるに等しい。
だから、InProの制作も少し手伝っていた。
もう一つは、フルダイブの対象年齢が十二歳以上であるため。
十一歳以下が長時間プレイすると斜視になる可能性がある。
そのため、今回のフルダイブは、『二時間後には強制ログアウト』という条件付きである。
一時間ある昼休みは、大体半分くらい過ぎた。
「俺はそろそろ仮眠をとりたいから所長室に戻るけど、後は一人で出来るか?」
「うん。この日のために取扱説明書読み込んだから」
「そっか。楽しんでこいよ」
そう言って父さんは足早に去って行った。
軽く手を振りながら見送った後、フルダイブの準備を始める。
といってもやることはそんなにない。
ベッドに仰向けになり、ワールドエンターを被るだけだ。
「しかし、ベッドとか久しぶりだな」
こっちに来てからずっと布団だったのもあってか、不意に小声で独り言を言う。
小声なのは、今のような気分が良いとき、僕は叫んでしまう癖があり、それを防ぐため音量は囁き声ぐらいに落としていた。
なにせ、昼休みの時間を削ってまで研究を続ける学生さんが近くにいるので、大声を出してはその人の邪魔になるかもしれない。
そんな思考をしている間に、準備は終わっていた。
「ワールドエンター、起動」
エコーの後に、時刻等を表示したメインメニューが、ゴーグル部分に写し出される。
「ようこそ、ワールドエンターへ。音声認識より、新規ユーザーだと推測されました。ユーザー登録をしますか?」
はい
▶︎いいえ
研究所のワールドエンターは、容量を減らさない為にゲストユーザーでのダイブが原則となっていて、今回の僕のように一回のダイブならまだしも、幾度となく利用する学生さん達にとっては面倒な規則だろうな、と思う。
「ユーザーが「いいえ」を選択しました。よって、ゲストユーザーとしてダイブします。配線ヨシ。装着ヨシ。ネット接続ヨシ。フルダイブが可能です。秒読み三秒でフルダイブを開始します。目を閉じてください。三、二、一、GO!」
いきなり、だなぁ。
秒読みはしてくれたけど、『はい』か『いいえ』くらいきいてほしかったな。
まぁ、いいや。
たのしもう。
……………………。
………………………………………………。
それにしても。
ダイブ前にきこえた言葉。
「どちら様でしょうか?」
一体、だれが、、キテ、、、?
――――――――――――――――――――
少しずつ意識が覚醒してくると、瞼を閉じているのに、眩しいと感じる。
目を開けたり閉じたりして、眩しさに馴らしいく。
「……暑い」
僕は太陽の真下で、床に寝転がっていた故に、眩しさと暑さを感じていた。
体を起こすと、床で寝転がっていたことが起因して体の一部が痛むが、気にしないでおく。
というか、痛みがどうでもよくなる程、気になることがあった。
僕が立っている場所だ。
スクランブル交差点だった。
「……は?」
言葉を失う、というのはまさにこのことだろう。
咄嗟に出た声は呼吸ぐらいに小さく、多くの歩行者の声にかき消されてしまう。
そういえば歩行者の様子がおかしい。
スクランブル交差点の中央に立っている僕を避けて通るのは分かるとしても、全員が後ろ歩きをしているのだ。
まるで時間が逆行しているようだな、と思った。
「……ん? 逆行??」
……もし、もしもだ。
時間が逆行しているという仮説が正しいのであれば、この場所に留まるのは危うい。
車に轢かれるのは嫌だ、と僕は行動を起こす。
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まず、歩行者用信号の一連の流れを思い出してみる。
赤→青になる→青が点滅する→赤という流れだ。
そこに、時間の逆行という観点から歩行者用信号の一連の流れも逆になると予想し、更に歩行者の行動から『信号は青である』現状を流れに当てはめると、点滅などの警告もなく、信号は青から赤に変わる事に気づく。
スクランブル交差点の中央から歩道までは少し距離がある。
渡り切れると断言することは出来ないし、高速でバック走行する車を回避するのは、ほぼ不可能だ。
僕は後ろ歩きの歩行者達の流れに沿って、歩道へ向かう。
なんなくして、歩道に辿り着く。
そして、次にニュースが流れる大型テレビに目をやる。
天気予報がやっていたが、僕の目は画面左上の時刻に釘付けになる。
13:01であった。
時間と分の間にある、秒針の役割を持つ『:』が何回か点滅し、時刻は変わる。
13:00になった。
僕―矢空 晴はこのとき確信する。
自分が、時間が逆行する世界にいることを。
次回
Ver0.02「少年=矢空 晴は自身の現状を考察する」