マフィンと食べ損ね
セミの鳴き声が無くなり、夜は鈴虫が鳴いてる。
あんなに暑かった夏が過ぎ去り秋がこんにちはしている。
司君とはほぼ毎日一緒に帰り、休日もたまに遊ぶようになった。
先週は一緒に買い物へ行った。
司君は服が何でも似合っててマネキン扱いして悪かったなー。
ちょっと困ってたよな。
ピロンッ
噂をすればLINEが来た。
マスクをしていたから助かった。
電車内だと不審に思われそうになる。
「今日、調理実習でマフィン作ったからおやつにしよ」
ふふ、おやつって
もう晩御飯前なのに太っちゃうよ
「歩きながら食べるのは行儀が悪いと思うよ」
「たまには悪いことしたら美味しく感じると思う!」
「次は蒲田、蒲田です。お出口は右側です。」
彼に会うまであと少し。
うきうきした気持ちが隠せれず、早足で向かう。
改札口でいつも立っている彼を見る。
足がどんどん速くなるにつれ鈍器みたいに重くなる。
スマホを持って待つ彼の姿は無く、
片手で胸元の服を握り潰しスローモーションで崩れ落ちていった。
「司君!!」
真っ青な顔に荒い呼吸。
苦しそうな彼を見て頭が真っ白になった。
「きゅう…きゅうしゃ呼ばなきゃ…」
震えるを無理やり抑えようと両手でスマホを握りしめる。
「もしもし、蒲田駅内で男性が倒れました。年齢はえっと」
電話をかけようとする前に後ろのお姉さんが電話をかけてこっちを見てきた。
「高校生です」
震える唇に力を入れて無理矢理動かす。
大人なのに知ってる子なのに何も出来ない自分に悔しさを感じる。
手を握りしめて真っ青で一向に目を開かない彼の顔を見つめていると
後ろから救急車の音がする。
まるでテレビを見ているかのような光景だった。
男性二人が少年を持ち上げ車の中へ運ばれていくシーン。
どこかの泣けるドラマのワンシーンだ。
いつ帰ったのだろう。
私はベッドに腰かけ、スマホを握りしめていた。
そうだ。明日も仕事だ。
頭の中では寝る準備のことを考えているのに身体が思う様に動かない。